論文・レポートの作成(考え方のまとめかた)

野中進(nonaka@post.saitama-u.ac.jp)

 

本稿の目的

 「よい論文を書く方法論はないが筋の通った論文を書く方法論は可能だ」という仮定の下に、質はどうあれとりあえず首尾一貫した論文、レポートを書くための方法論をできるだけ簡潔に述べる。

 よりくわしいものを読みたい人には澤田昭夫『論文の書き方』(講談社学術文庫、1977)などを勧める。ウンベルト・エコ『論文作法』(而立出版、1991)は有名だが、学部生にはやや難しいかもしれない。文末の「推薦文献」を参照されたい。

 資料の引用のしかたや文献表の作り方などの「論文作法」面は、本稿では扱わない。これも上記の文献を参照すること(教師は授業中に教えること)

 本稿では論文作法のより基本的な部分、つまり考えや情報をどうやって「まとめる」か、原稿を書き出すまでのプロセスを考える。また読者としては人文系を専攻する学部学生を想定している。

 

論文はなにからできているか

 着想、分析、情報の三つの要素から論文はできている。経験則では、優れた論文と呼ばれるものは、この三つのうち最低二つの要素において秀でている。

 三つの要素はたがいを支えあう。着想だけの論文は独断的であり、分析だけのそれは 議論が空回りする。また情報だけでは、知識の無目的な堆積になる。

 

どこからはじめるか

 着想は無から生まれてこない。分析も、何もないところでは前に進まない。

 したがって、情報収集から始めるべきである

 しかし情報収集にも先立つものがいる。「テーマの設定」である。あなたの興味のある分野でなるべく具体的に、そしてなるべくせまく設定すること。あとでどうせ広がってしまうからだ。

 たとえば「ロシアの音楽」だけでは広すぎる。「20世紀のロシア音楽」でもまだ広い。「ショスタコーヴィチ」、せめてこれくらいで始めるべきである。ためしに、テーマをいくつか考えてみよ(教師は授業でやらせてみる)

 

資料を集める

 資料については、一次資料と二次資料の区別が重要である。テーマになる人物本人が書いたもの(作品、書簡、日記など)、テーマになる事件・できごとの当事者が書いたもの(調書、目撃証言、当時のビラなど)。それに対して二次資料というのは、一次資料を材料にして書かれた研究などである。たとえば『ドストエフスキー研究』や『ロシア経済史』のようなものである。

 テーマの設定によって同じ本が一次資料になったり、二次資料になったりする。たとえばバフチンの『ドストエフスキーの詩学』という本がある。バフチンをテーマに選ぼうとする学生にとってこの本は一次資料である。だがドストエフスキーについて卒論を書くつもりの学生にとっては二次資料である。同様にウェーバーの『ロシア革命論』。ためしに、いくつか資料を挙げて、それがどのようなテーマなら一次資料として、どのようなテーマなら二次資料として利用可能か考えてみよ(教師は授業でやらせてみる)

 次の点が重要である。二次資料はたとえなくとも論文は書ける(ひじょうに困難だが)。だが一次資料がなければ論文はぜったいに書けない。一次資料がどうしても入手できないテーマについては卒論執筆を断念するべきである。逆に質、量ともに豊富な一次資料が入手できた場合、そのテーマは有望株である。

 一次資料も二次資料も時間と労力の許すかぎり、たくさん集めること。読み切れなくともよい。

 

なにから読み始めるか

 そのテーマについて何も知らないなら、百科事典の類を引いてみるとよい。だがそうしたテーマはそもそも選ばないほうが無難。

 テーマに関する初歩的知識はあるものとして、まず読むべきは(1)一次資料と(2)そのテーマ関連で「定評のある」二次資料(研究書)である。後者を読むことで基本的知識が得られるのはもちろん、「そのテーマについてどこまで問題が解決されているか」や「そのテーマに関して他にどんな文献があるか」を知ることができる。どの研究書が「定評がある」のかは、指導教官あるいは専門家に尋ねるのが手っとり早く、確実である。事典や入門書の該当項目で基本的文献が示されている場合は、それも利用する。

 

資料をどう読むか

 資料を読んでいて「重要だ」とか「面白い」と感じた部分は、(1)書き抜く、(2)下線を引く、(3)フセンをはる、などしてあとから分かるようにしておく。とくに一次資料と「定評のある」研究書については、(1)をやると効果的である(時間と労力はかかるが)

 この他に、資料を読んでいて自分で思いついたことがあればかならずノートやカードに書きとめること。「この研究者の主張はおかしいのではないか?」「この一次資料にはこういう特色があるのでないか?」「作者はなぜこういう比喩を用いるのだろうか?」「ここで述べられている思想に似たものを別の本で読んだことがある」など、どんなことでもいいから、自分の思いつきを書きとめる習慣を身につけよ。この思いつきが、先に述べた着想の「種子」になる。

 

「思いつき」をどう育てるか

 思いつきの多くは芽を出すことなく「死んで」いく。ケースとしては(1)その思いつきが提示する仮説が成立しないことが、資料を読み進めるにつれて分かってくる、(2)思いつきがしだいに魅力的でない、些末なものに見えてきてそれ以上進める気がしなくなる、(3)その思いつきが提示する仮説はすでに他の研究者によって論証されていることを知る。

 このうち(3)について一言。学術論文ではオリジナリティー(まだ他の学者によって主張・論証されていない意見を述べること)が重視される。だが卒業論文でこの「学問的オリジナリティー」を達成することは困難なので、あまり気にしなくてよい。ただし目標にはしてほしい。また、他の研究者の立場を援用するときはかならず出典を明記すること。それをしないと剽窃になる。

 思いつきのほとんどは芽を出さない。しかしめげてはいけない。自分の思いつきが「成立しない」ことに気づくこと自体、研究が前進している証拠である。どうして成立しないか、仮説のどこを修正すれば成立するか、別の思いつきではどうか…、などと考えてみる。そこでまた思いついたことがあれば書きとめる。

 この段階、つまり思いつきを出し、育て、選り分けていく段階がいちばんつらいと思う。

 

うまくいく場合、いかない場合

 うまくいく場合とはこうである。資料を読み進めていくうちにいろいろ思いつきが出てくる。やがてその中でもとくに面白く、重要で、あるいは新しいと感じられる思いつきが目立ってくる。その思いつきを意識しながら資料を読むようになり、関連する思いつきも出る。思いつきはより明確になり、さまざまな資料との結びつきがはっきり見えてくる。これは、思いつきが着想、さらに仮説、主張へと進化しているのである。

 だが残念ながらいつもこうなるとはかぎらない。筆者の場合、研究をスタートさせた当初の段階で得た思いつきは資料を読み進めるにつれ「崩れる」ことが多い。反証があまりに多く出てきたり、すでに他の研究者によって主張されていたりなどである(だからこそ「定評のある」研究書をなるべく早めに読んでおくべきなのだ)

 ではその場合どうするか。(1)めげずに資料を読み進め、新たに思いついたことを書きとめる。とにかくこれが基本である。ちなみに、このとき世界の終りのような顔をして資料を読まないこと。気持ちを楽にして読んだほうが新鮮な思いつきが出やすい。

 他に効果のある方法としては、(2)友人や先輩、教師に自分の思いつきや見込みを話してみる。言葉にすることで自分の考えが論理化され、明確になる。アドバイスを受けたり、関連文献を教えてもらうといったメリットもある。ただし相手の言うことをすぐ否定するタイプの人は避けたほうがよい(教師に少なくない)

 あるいは、(3)これまで自分の思いついたことを大きめの紙に書き並べてみる。それぞれの思いつきを支える資料、反駁する資料も簡単に書き添えておく。そしてそれらの思いつきのあいだに何らかの連関・結びつきがないか、その紙を眺める。一見バラバラに出ているようでも、同じ人間の頭から出てきた思いつきには何らかの連関があることが少なくない。もし連関が見つかればそれがまた、考える刺激、手引きになる。また書き並べることによって、どの思いつきがとくに「有望」か、どれは諦めたほうがいいかも冷静に判断できる。(この作業については川喜田二郎『発想法』、中公新書、1986に体系的に説かれている)

 

それでもうまくいかない場合

 よくあることなので挫けてはいけない。しかし対策を考える必要がある。次の点で自分の作業状況をチェックしてみよう。

 まず、(1)テーマが大きすぎるのでないか? テーマが大きすぎると読むべき資料が膨大になるし、思いつきも漠然としたものになりがちだ。テーマを縮めてみよ。たとえば「ショスタコーヴィチ」でやっているが考えがまとまらないなら、「ショスタコーヴィチのオペラ」とか「ショスタコーヴィチとスターリン時代のソ連の文化状況」くらいまで縮めたらどうか、ためしに考えてみる。その場合めったやたらに縮めるのでなく、自分の関心のありかに沿ってそうすること。

 あるいは、(2)資料の選択は適切か? 雛鳥が最初に見たものを親と思うように、最初に入手した資料を絶対だと思いこむことは学者でも珍しくない。あなたのテーマにはより適切な資料があるのかもしれない。指導教官に相談すること。

 そして最後に、こういうことも考えられる。つまりあなたの理想が高すぎることだ。実際には、あなたはそのテーマに関してかなり多くの知識(情報)とそれなりに筋の通った思いつきや見方なりをもっているのに、それが画期的なものでないことに失望して、その場で足踏みしているだけなのかもしれない。最初に書いたように「よい論文を書く方法論はない」、なぜならそこでは運や資質もものをいうからだ。さしあたりいま手持ちの知識(情報)と思いつきで前進してみよ。理想の六割五分を目指せ

 

アウトラインをつくる

 あなたは、集めた一次資料と二次資料を読み続けている。気がついたことを書きためたカードやノートもだいぶ溜まってきた。そのテーマについて自分なりの見方もできあがりつつある。これは作業が順調に進んでいるしるしである。

 卒論は、遅くとも11月には執筆に入りたい。ということは10月になったらすぐアウトライン作りにとりかかるべきである。(ただし資料も読み続けること。)

 アウトラインとは論文の設計図である。これを作らずにいきなり原稿を書き出すのは、設計図なしに家を建てるようなもので、あとで苦しむこと請けあいである。

 アウトラインはどのように作るか? それぞれの章で何を述べるか、またどの資料を用いるかが決まればそれでよい。なるべく細部まで作ったほうが安心だが、これには個人差もある。それぞれの章や節でどういうことを主張し、どの資料から引用するかはっきりイメージできれば十分である。ただし雑に作れと言っているのではない。建築士が何度も図面を引くように、納得いくまでくりかえし書いてみること。

 

原稿を書き始める前に

 アウトラインもできた。あとは原稿を書き出すだけだ。だがその前にチェックすべきことが二、三ある。

 まず、(1)文献表を作り始めているか? もしこの段階で文献表を作り始めていなければすぐ取りかからなければならない。本当は、資料を集め出したらすぐに文献表は作るべきである。入手したすべての資料(テーマに無関係とわかったものはのぞく)を列挙したものが文献表である。その作り方は[澤田 1977]他を参照すること(教師はゼミのとき教えること)。昔は図書館カードを用いたが、今はパソコンやワープロで作りやすくなった。

 次に、(2)アウトラインを見直してみる。議論は適切に組み立てられているだろうか? 指導教官に見てもらったり、ゼミで中間報告をすると、議論の展開の矛盾や綻びを発見するのに有益である。議論の組立かたにはいろいろあるが、大きくいえば次の順序になるはずである。

 

「論文のテーマはなにか(問題設定)

「どんな一次資料を用いるか、またこれまでにどんな研究があるか(先行研究概観)

「あなたの立場とその論証(本論部分)

「結論」

 

 結論はかならずしも長いものでなくてよい。「本論部分」で議論が尽くされていれば、そこで述べたことをくり返す必要はない。

 

書き始める

 原稿を書き始めてから、新たに目を通すべき資料が出てきたり、論文の構成を一部修正したりすることはよくある。気にしなくてよい。資料の引用のしかたなどは、いくつかルールがあるので、関係文献を読んでおくこと(教師はゼミで教えること)

 あとは根気あるのみ。途中で投げ出さなければかならず書き上げられる。

 

 

推薦文献

[それぞれ簡単かつ独断的なコメントをつけた。*の数は推薦度を示す。***が最高]

 

梅棹忠夫              1969              『知的生産の技術』、岩波新書。 **「京大式カード」を世に知らしめた本。カードを使ってみたいという学生にはお勧め。

 

エコ、U.                  1991              『論文作法: 調査・研究・執筆の技術と手順』、谷口勇訳、而立出版。 **『薔薇の名前』は世界的に有名だが、彼の「本職」は記号論の専門家である。この本は評価が高いが、レベル的には大学院生向けという感じ。

 

川喜田二郎              1986              『発想法』、中公新書。 **筆者はKJ法の創始者である。KJ法とは簡単にいって、情報や思いつきの断片を一つのまとまりにまとめ上げていくための方法論である。その評価は分かれる。

 

澤田昭夫                 1977              『論文の書き方』、講談社学術文庫。

   ***学部生には手頃である。論文・レポートの書き方について自信のない学生にはこの本を薦める。ただし現在品切れかもしれない。

 

田中菊雄              1987              『現代読書法』、講談社学術文庫。

   ***この本は「論文作成」法とは関係ないが、読書や勉強法について懇切に、かつすこしのお説教臭さもなく説いた本である。巻末の「解説」を読んでもわかるが、筆者の勉学への情熱にはすさまじいものがある。ノホホンとした大学生に一読を勧める。

 

保坂弘司              1978              『レポート・小論文・卒論の書き方』、講談社学術文庫。

   *私は最近一部の学生にこの本を薦めたが、それは [澤田 1977]と取り違えたのである。この本は内容がやや古い。ただ読みやすいことは読みやすい。

 

NBお願い。論文を書くとき有益で、学生に推薦したい本がある人はぜひ野中までお知らせください。