なぜプログラミングの授業をするか? (2000/11/18)

 この授業ではプログラミングを学習している。学習内容自体は社会心理学とは直接関係ない。なのに社会心理学としてこの授業をしていることを不思議に思う人がいるかも知れない。実際、今までにはこうした疑問を抱く学生がいた。そのような疑問を抱くのはある意味でもっともである。ここで少し説明しておこう。
 プログラミングはいろんなことに役立つ。社会心理学に限るものではないけれども、当然、社会心理学の研究にも役立つ。どう役に立つかは授業の最初で説明したので、ここでは繰り返さない。
 が、実は私は特定の作業を想定してプログラミングを授業で扱っている。プログラミングをコンピュータシミュレーションをすることに結び付けたいのである。このところ私は、毎年、この授業のようなプログラミング入門編の授業しかしていない。が、以前は(いいずらいけれどプログラミングの習得度が現在より高かった以前は)、入門編の他にシミュレーションに取り組む授業をしていた。
 コンピュータシミュレーションとは計算的な思考実験である。一定の前提から何が帰結するかを計算機によって思考実験してみることである。そう言っても具体的なイメージが湧かないだろう。1つ例をあげよう。
 この研究はフェミニスト系の研究例である。私の授業でも、性別ステレオタイプの話を時折取り上げる。性別ステレオタイプの典型的な形態とは、例えば同じ能力があっても女性は男性より能力・業績を低く評価されるような認知上の歪みがある、というものである。が、今までの(主にアメリカの)研究では、この評価の男女差は、評価のバラツキ(分散)の1〜5%を説明するに過ぎない、ことが分かっている。つまり、「男性が女性に比べて社会的に有利な評価を受ける」ことは確かに統計的に有意な効果として現れる。にもかかわらず、1〜5%の説明率なら「大した差ではない」ということになる。
 ここで Martell ら(1996)は面白い思考実験、つまりコンピュータシミュレーションを報告している。基本的なアイディアは、男女の評価の有利さが小さくても、組織の階層構造を前提とすれば、組織内での男女の地位の差は大きくなる(帰結)、ということである。まず8つのレヴェル(地位)のある大組織を考える。さらに、組織成員は現在のレヴェルから評価に応じて、1つ上、もしくは1つ下に移動する、と仮定する。つまりあるレヴェルでは、評価の低いものが下のレヴェルに落とされ、代わって1つ下のレヴェルで評価の高かった者が上がってくる、と考えるのである。シミュレーション結果は、個々の男女に働く評価の歪みは評価全体の1〜5%でしかないとしても、組織の上のレヴェルでは男性の占める比率が顕著に高く、下のレヴェルには女性が集まる、という組織構造が結果することを示す。こうした結果はすごく頭の良い人なら、シミュレーションをせずとも分かるかも知れない。が、普通は、シミュレーションをしてみて初めて気がつく「発見」である。
 こうしたシミュレーションにより理論的に検討する事項は、社会学、社会心理学をはじめ、社会科学の諸分野で広く見出すことが出来る、と私は思う。しかも、上で紹介したシミュレーションは、たぶん、皆さんがある程度プログラミングを勉強すれば割と簡単に実施することができる、と思う。
 私がプログラミングを授業で取り上げるのは、このようにシミュレーションを試す、というところまで皆さんを持って行くことを考えてのことである。なお、「社会心理学におけるコンピュータシミュレーションの利用」というテーマで、私は他大学(慶応、名古屋大、東大)で授業をしたことがある。また、同じテーマで、11月の日本社会心理学会では「自主シンポ」を企画した。関心があればリンクで見て欲しい。
 しかし私は、最近この種の授業を続けるべきか否か、毎年真剣に迷っている。というのは、プログラミングでシミュレーションをするところまで上達する人がほとんどいなくなったからである。以前は結構いた。シミュレーションで卒論を書いた人もいた(そいつは今、公認会計士になっている)。その意味では、この授業のようなプログラミングの授業を開くことは無意味だと思える。
 ただ ― と考える ― 現在はプログラミングの授業を半年2単位でしかやっていないけれど、前期も後期も授業を開き受講者が続けて出れば、受講者は熟達するだろうと思う。現状の方法がまずいのは、入門編2単位の授業しか提供していないことかも知れない。もし前期と後期で開いて、通して履修する学生がいれば、その学生は熟達するだろう。また、後から入ってくる学生は「先輩」から学べて、単に私から学ぶよりも無理なく学習できるようになるかも知れない。つまり、問題は現状が中途半端にプログラミングの授業を開いていることであるかも知れない。
 できれば皆さんのご意見を伺いたい。もし来年度、前期、後期と開いて出てくれれば、その人は相当にプログラミングが熟達すると思う。そのように授業を開いた場合、続けて出てくれるだろうか? もし出てくれれば私は余計に授業をやっても構わないと思う。が、続けて出る人がいなければ、プログラミングの授業は止めて、「本読み」の演習に私は徹しようかとも考える。

Martell, R.F., Lane, D.M., & Emrich, C. (1996) Male-female difference: A computer simulation.
  American Psychologist, Feb, 157-8.


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