社会心理学入門A(a)
2000.7.17
高木英至
C.対人関係はいかに進展するか?
C.3. 進化心理学の視点
C.3.1. 文化 対 進化
文化(culture)
(1)特定の社会の成員に共有され、
(2)世代をわたって伝達される、
(3)行動、思考、感情の学習されたパタン
代表的な構成要素:価値、規範、シンボル(言語を含む)、知識
文化的アプローチ:人間行動に対する文化の役割を重視する考え方
・文化の変更可能性 例:男女の行動様式
・現在の主流 → フェミニズム
進化的アプローチ:人間行動に対する生物学的影響を重視する考え方
・通文化的な共通性
・肯定的評価を受け始めたのは近年
相互の対立 例:マスメディアにおける男女描写、カップル間の年齢差
相互の補完 文化の共通性の説明、進化に対する文化の影響、など
参考文献
・長谷川寿一・長谷川真理子 (2000) 『進化と人間行動』 東京大学出版会
・デイリー&ウィルソン (1999) 『人が人を殺すとき』 新思索社 [Daly, M. & Wilson, M. (1988) Homicide. New York: Aldine.]
C.3.2. 血縁選択と利他性
人間 − ・利己性(egoism)
・他方で利他性(altruism)を持つ。
社会生物学(Siciobiology) → 利他性は進化の過程で人間が獲得し遺伝的に継承される特質である。
進化 − 適応度(fitness、子孫を増やす程度)の高い遺伝子が選択される。
進化における利他性の謎:「弱肉強食」の進化の中では利他的な個体は淘汰されるのでは?
血縁選択説(Kin-selection Theory、Hamilton, 1964)
・個体中心ではなく、遺伝子中心の考え方
(ドーキンス 『利己的遺伝子』 紀伊國屋書店)
・包括適応度(inclusive fitness):(個体ではなく)遺伝子自体の生き残りやすさ
・(遺伝子共有度が高い)血縁者に対して利他的となる遺伝子は、その遺伝子を持つ個体の適応を
犠牲にしても、生き残りやすい(包括適応度が高い)。
→ 近親者に対する利他性の進化(ヒト、その他の種)
・家族、親族組織の普遍性
・家族の差別的側面
血縁選択の考えは人間に関するデータでも(ある程度)あてはまる。
・血縁集団の重要性
・人類学データによる検証
・調査データによる検証
・双子研究
Rushton の遺伝的類似性理論(Genetic Similarity Theory)
・人は他者の中に遺伝的類似性を見出す能力を備えている。
Parisi ら (1995) のコンピュータシミュレーション
・「子供に対する親の利他性」と「親に対する子供の接近傾向」がともに進化する。
C.3.3. 殺人
○殺人のパタンは進化的影響を受けている。
・人は顔見知りから殺されやすい。(←接触可能性)
見知らぬ人から殺されるのは「犯罪指向的殺人」(強盗など)の場合。
・しかし血縁者間の殺人(包括適応度を低める)は接触頻度の割に極めて低い。
多くは子殺し(嬰児殺し)−特に日本は高い(望まない妊娠が多い)。
・非血縁者間の殺人は;
1.圧倒的に男と男の間
2.多くは意地の張り合い、ささいな口論から生じる。(フィラデルフィア、1948-1952 で全体の37%)
男−繁殖の成功は獲得した配偶者数に比例
配偶者獲得をめぐる競争
評判の重要性
C.3.4. 血縁者間の対立
○ 親子間の対立
子供に対する親の資源投資は親・子供の包括適応度を高める。
(きょうだいの増加 → 他のきょうだいの包括適応度も上昇)
しかし子供は親の判断よりも、常に自分への投資をより多く望む。
○親による子殺し
繁殖の成功のために現在の子供を殺した方が有利なとき、生じやすい。
・子供の年齢が低い場合
・母親が若い場合
・子供の養育へのサポートが得にくい場合(例:未婚)
・血縁関係がない場合
○子による親殺し
親の繁殖力の低下 → 子供が成長したとき、子供が自分の資源を親に使うことは
自らの包括適応度を低める。
・親が子を殺すよりも、子が親を殺す方が多い。
・親の年齢が高まるほど、親殺しの確率が高まる。
○きょうだい関係
・利他的側面:血縁度が高い( r = 0.5)。
・しかし親の資源をめぐって競争がある。
・財産(例:土地・家畜)の所有・相続のない社会では、きょうだい殺しの事例が少ない。
C.3.5. 恋愛関係
(a)恋愛行動
恋愛が適応を促進(子孫を多くする) → 恋愛の進化
1.生殖、子供の世話のための結束 → 直接的に適応度を高める
2.共有関係、相互支持 → 間接的に適応度を高める。
男女の相違
男: ・女性の生殖能力に反応:健康な外見、ウェスト−ヒップ比率
・多くの性的関係への関心(相手が多い方が子孫を残す可能性が高い。) 一夫多妻の優越
・資源保有の顕示技術に優れる。
女: ・男性に資源提供能力(例:財力、地位)を求める。
・多くの性的関係への関心が男性より低い(相手は誰でも、生まれる子供は自分の遺伝子を持つ)。
・外見を高める技術に優れる。
[例] カップル間の年齢差(男性がやや高いことが望まれる。)
・年齢差の望ましさは通文化的
・男性は相手に若さを求める 〜 生殖能力 (男性の生殖能力は女性より持続的)
・思春期の男性はやや年上の女性を求める → 生殖能力の高い年齢の女性を求める。
(b)嫉妬(Jealousy)
嫉妬は新化によって成立した感情である。
女 − パートナー(男)が自らのライバル(女)に資源を費やすことを防ぐ。
男 − 資源を与える子供が実は他の男の遺伝子を持つという事態を防ぐ。
嫉妬の男女差の研究
・男 − パートナー(女)の不貞のシナリオに強い嫉妬を示す。
・女 − ライバル(女)に対するパートナーの愛着というシナリオに強い嫉妬を示す。
(c)夫婦間の殺し
・妻が夫を殺すより夫が妻を殺す方がはるかに多い。
・夫が妻を殺すとき − 口論、嫉妬
・妻が夫を殺すとき − 虐待する夫から自分自身、子供を守る。
[以上]