「マイノリティ問題研究会」
1999.4.20
部落問題をめぐるアンビバレントな意識
――
1998年度千葉県内3市町住民意識調査から――
福 岡 安 則
Ambivalent Attitudes toward the Buraku Issue: A Quantitative Survey of Three Municipalities in Chiba, 1998
Yasunori FUKUOKA
1
一貫性を欠いた回答
ここに,
2つの設問がある.ひとつは,「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」という意見について,あなたはどう思うか.
もうひとつは,「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」という意見について,あなたはどう思うか.
常識的な予想をすれば,前者の問いに「そう思う」と答える人は,後者の問いには「そう思わない」と答えるはずであろう.そして,前者の問いに「そう思わない」と答える人は,後者の問いには「そう思う」と答えるはずであろう.なぜなら,前者は部落解放運動などの部落差別をなくすための取り組みを否定する意見であり,後者は差別撤廃の運動を肯定する意見なのだから.
しかし,
1998年度に千葉県内の3市町の住民を対象に実施した「人権問題に関する住民意識調査」1) の回答結果は,そのような“常識的な予想”にまったく反するものであった.表
1は,これら2つの意見への回答のクロス表である.なお,前者の問いを「運動否定」の意見,後者の問いを「運動肯定」の意見,と呼ぶことにする.
表1 運動否定の意見と運動肯定の意見のクロス表 実数(合計の%)
運動肯定
運動否定 |
思う |
やや思う |
やや思わない |
思わない |
合計 |
思う |
301(21.2) |
167(11.8) |
89( 6.3) |
68( 4.8) |
625(44.0) |
やや思う |
116( 8.2) |
320(22.6) |
83( 5.8) |
13( 0.9) |
532(37.5) |
やや思わない |
57( 4.0) |
79( 5.6) |
15( 1.1) |
5( 0.4) |
156(11.0) |
思わない |
65( 4.6) |
17( 1.2) |
7( 0.5) |
17( 1.2) |
106( 7.5) |
合計 |
539(38.0) |
583(41.1) |
194(13.7) |
103( 7.3) |
1419(100.0) |
「運動否定」の意見にも「運動肯定」の意見にも,「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」2) と“一貫性を欠いた”回答をした者が,回答者全体の63.7%と過半数をおおきく上回っている.
これらの人びとは,ただたんに無責任な回答をしたのだろうか.それとも,「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」という意見にはホンネでイエスの回答をし,「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」という意見にはタテマエでイエスの回答をしたのだろうか.
そのような解釈も可能かもしれないが,ここでは,これらの回答は部落問題にたいするある種の「アンビバレントな意識」をあらわしているのではないか,という着想にたって,このような回答をした人びとの意識のありようをさぐってみたい3).
2
グルーピング
表
1のクロス表において,設問「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」に「そう思わない」もしくは「どちらかといえばそう思わない」と答え,設問「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」に「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」と答えた人たち,218人(回答者全体の15.6%)は,部落差別をなくすための取り組みや解放運動を支持しているという点において一貫性のある回答をしている.このような回答をした人たちを「運動支持」グループと呼ぶことにしよう.ぎゃくに,設問「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」に「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」と答え,設問「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」に「そう思わない」もしくは「どちらかといえばそう思わない」と答えた人たち,
253人(17.8%)は,部落差別をなくすための取り組みや解放運動に反発しているという点において一貫性のある回答をしている.このような回答をした人たちを「運動反発」グループと呼ぶことにしよう.それにたいして,前述のとおり,どちらの設問にたいしても「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」と答えた人たちが,
904人(63.7%)もいた.このような回答をした人たちは過半数をこえるので,このままひとまとまりのグループとして扱うと,統計的な分析をしてもその特徴を抽出しにくい.したがって,さらに
3つのサブグループに分けることにする.ひとつめのサブグループは,どちらの設問にたいしても「そう思う」と答えた人たち,
301人(21.2%)である.これらの人たちを「極度にアンビバレント」なグループと呼ぶことにする.ふたつめのサブグループは,一方の設問に「そう思う」と答え,他方の設問に「どちらかといえばそう思う」と答えた人たち,
283人(20.0%)である.これらの人たちを「かなりアンビバレント」なグループと呼ぶことにする.みっつめのサブグループは,どちらの設問にたいしても「どちらかといえばそう思う」と答えた人たち,
320人(22.6%)である.これらの人たちを「いくらかアンビバレント」なグループと呼ぶことにする.さらに,どちらの設問にたいしても「そう思わない」もしくは「どちらかといえばそう思わない」と答えた人たちが,
44人(3.1%)いた.これらの人たちも,上述のグループとは逆の意味であるけれども,やはり,一貫性を欠いた回答をしている.「逆アンビバレント」なグループと呼んでおくことにしよう.以上の
6つのグループを相互に比較するかたちで,分析をしていこう.ただし,焦点をあてるのは,「運動支持」「運動反発」「極度にアンビバレント」の3つのグループである.
3
基本属性との関連
まず,これらのグループと基本属性との関連をみておこう.
属性要因である「性別」「年齢」「学歴」それぞれの値を従属変数とし,上述の
6グループを要因とする一元配置の分散分析と多重比較(Tukeyの厳密な有意差検定)を適用した.性別にかんしては,なんら統計的に有意な差はみられなかった.
年齢にかんしては,表
2に示すように,「極度にアンビバレント」なグループが,「運動支持」グループに比べて平均年齢が高めであるという特徴がみられた.なお,年齢には,20代に1,30代に2,40代に3,50代に4,60代に5,70以上に6という点数を与えてある.
表
2 年齢のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
いくらかアンビバレント
319 3.21運動支持
217 3.22かなりアンビバレント
281 3.26逆アンビバレント
42 3.29運動反発
248 3.55極度にアンビバレント
299 3.78全体
1406 3.40F検定の結果 p ? .0001
学歴にかんしては,表
3に示すように,「運動支持」グループは,「極度にアンビバレント」や「運動反発」グループに比べて平均学歴が高いという特徴がみられた.なお,学歴には,義務教育卒に1,高校卒に2,短大等卒に3,大学・大学院卒に4の点数を与えてある.
表
3 学歴のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
290 1.92運動反発
246 2.10かなりアンビバレント
272 2.19逆アンビバレント
41 2.22いくらかアンビバレント
312 2.24運動支持
215 2.53全体
1376 2.18F検定の結果 p ? .0001
4
各グループの意識傾向
4.1 同和問題への関心度・知識度などとの関連
では,これらのグループが,同和問題への関心度や知識度において,どのような違いがあるのかをみていこう.「同和問題への関心度」,「同和問題の知識度」,「同和地区の所在の認知度」それぞれの値を従属変数とし,上述の6グループを要因とする一元配置の分散分析と多重比較を適用する.その結果統計的に有意な差がみられたばあいでも,さらに,「性別」「年齢」「学歴」をコントロールした共分散分析を適用して,グループ別の要因の主効果の統計的有意性を確認した(以下,分析の手法は同様とする).
まず,「同和問題への関心度」とは,「同和問題(部落差別問題)」にどの程度関心があるかを,「1 とても関心がある」「2 かなり関心がある」「3 あまり関心がない」「4 ぜんぜん関心がない」の4点尺度の回答選択肢で答えてもらったものである.
この「同和問題への関心度」については,表4に示すように,「運動支持」グループは関心が強めであり,「運動反発」グループは弱いという特徴がみられた.
表4 「同和問題への関心度」のグループ別分散分析
グループ 回答数 平均値
運動支持 216 2.42
逆アンビバレント
43 2.56極度にアンビバレント
292 2.68いくらかアンビバレント
313 2.73かなりアンビバレント
280 2.76運動反発
242 2.92全体
1386 2.70F検定の結果 p ? .0001
「同和問題の知識度」とは,「同和対策審議会答申」「同和対策事業」「部落地名総鑑事件」「水平社宣言」「『橋のない川』」「狭山事件」の
6項目について,「1 くわしく知っている」「2 少しは知っている」「3 言葉だけは知っている」「4 知らない」の4点尺度の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である4).この尺度の信頼性をあらわすα係数は .811.最小値は6,最大値は24であり,数値が小さいほど「同和問題の知識」が多いことを示す.この「同和問題の知識度」については,表
5に示すように,「運動支持」グループは,「極度にアンビバレント」や「運動反発」グループに比べて知識が多めであるという特徴がみられた.
表
5 「同和問題の知識度」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
208 18.48逆アンビバレント
43 19.81運動反発
231 19.91かなりアンビバレント
271 20.00いくらかアンビバレント
308 20.33極度にアンビバレント
280 20.38全体
1341 19.90F検定の結果 p ? .0001
「同和地区の所在の認知度」とは,調査対象者が居住する千葉県内に同和地区があることを知っているかを尋ねた設問であり,「
1 どこに同和地区があるか知っている」と回答した者37.8%,「2 場所までは知らないが,県内に同和地区があることは知っている」37.8%,「3 千葉県内に同和地区があるとは知らなかった」24.3%であった.この「同和地区の所在の認知度」については,表
6に示すように,「運動反発」グループのほうが,「極度にアンビバレント」や「運動支持」グループよりも同和地区の所在をよく知っているという特徴がみられた.
表
6 「同和地区の所在の認知度」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動反発
207 1.64逆アンビバレント
25 1.68かなりアンビバレント
232 1.76運動支持
190 1.89極度にアンビバレント
225 1.89いくらかアンビバレント
250 2.00全体
1129 1.84F検定の結果 p ? .0001
4.2 「同和地区にたいするマイナスイメージ」との関連
「同和地区にたいするマイナスイメージ」という尺度は,「同和地区の人は,かわいそうだ」「同和地区というと,暗いイメージがある」「同和地区は,こわいところだ」「同和地区に生まれないでよかった」の
4項目への回答結果を単純加算して構成した多重指標である5).この尺度の信頼性をあらわすα係数は .684.最小値は4,最大値は16であり,数値が小さいほど「マイナスイメージ」が強いことを示す.この「マイナスイメージ」については,表
7に示すように,「運動反発」グループは,「運動支持」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて「マイナスイメージ」が薄いという特徴がみられた.
表
7 「マイナスイメージ」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
205 9.48極度にアンビバレント
265 9.57いくらかアンビバレント
288 9.65かなりアンビバレント
250 9.86運動反発
232 11.09逆アンビバレント
36 11.31全体
1276 9.96F検定の結果 p ? .0001
「運動支持」グループが「同和地区にたいするマイナスイメージ」が強めであり,ぎゃくに,「運動反発」グループのほうが「マイナスイメージ」が薄いという知見は,ある意味で意外な結果である.なぜなら,同和地区出身者との結婚問題で拒絶的な態度をとるかどうかにもっとも影響力のある要因が「同和地区にたいするマイナスイメージ」であることが,これまでの分析で判明しているからである
6).そこで,同和地区にたいするイメージを尋ねた8項目の個々の設問(「マイナスイメージ」の多重指標に含めなかったものも含む)に立ち戻って,詳細に検討してみよう.まず,「同和地区の人は,かわいそうだ」については,表
8に示すように,「運動反発」グループは,「運動支持」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて「かわいそう」イメージが顕著に薄い.
表
8 「かわいそう」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
215 1.91極度にアンビバレント
280 1.96いくらかアンビバレント
304 2.08かなりアンビバレント
268 2.11逆アンビバレント
39 2.56運動反発
245 2.69全体
1348 2.16F検定の結果 p ? .0001
「同和地区というと,暗いイメージがある」についても,表
9に示すように,「運動反発」グループは,「運動支持」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて「暗い」イメージが顕著に薄い.
表
9 「暗い」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
211 2.10極度にアンビバレント
281 2.25いくらかアンビバレント
305 2.38かなりアンビバレント
269 2.39逆アンビバレント
38 2.74運動反発
248 2.81全体
1352 2.40F検定の結果 p ? .0001
「同和地区は,こわいところだ」および「同和地区に生まれないでよかった」については,「運動反発」「極度にアンビバレント」「運動支持」の各グループのあいだに統計的に有意な差はみられなかった.
「同和地区の人は,まじめだ」については,表
10に示すように,「運動反発」グループは,「極度にアンビバレント」や「運動支持」グループに比べて「まじめだ」イメージが薄いという特徴がみられた.――「運動反発」グループが,「マイナスイメージ」を構成するイメージだけでなく,いわばプラスのイメージについても,それを希薄にしか保持していないという知見は,重要なポイントであると思われる.
表
10 「まじめだ」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
268 2.41運動支持
199 2.54いくらかアンビバレント
282 2.61かなりアンビバレント
247 2.64運動反発
229 2.90逆アンビバレント
36 3.03全体
1261 2.63F検定の結果 p ? .0001
「部落差別は,絶対に許せない」については,表
11に示すように,「極度にアンビバレント」と「運動支持」グループは,「運動反発」グループに比べて「許せない」感覚が強いという特徴がみられた.
表
11 「差別は許せない」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
286 1.34運動支持
212 1.36かなりアンビバレント
271 1.46運動反発
240 1.66いくらかアンビバレント
306 1.69逆アンビバレント
40 1.80全体
1355 1.52F検定の結果 p ? .0001
「部落差別は不合理だが,しかたのないことだ」については,表
12に示すように,「運動支持」グループは,「運動反発」グループに比べて「しかたがない」感覚が弱いという特徴がみられた.
表
12 「差別はしかたがない」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
逆アンビバレント
38 3.13いくらかアンビバレント
301 3.14運動反発
240 3.20かなりアンビバレント
266 3.27極度にアンビバレント
280 3.32運動支持
211 3.43全体
1336 3.26F検定の結果 p ? .01
「同和問題は,自分にはあまり関係がない問題だ」については,表
13に示すように,「運動支持」グループは,「運動反発」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて「自分には関係がない」感覚が弱いという特徴がみられた.
表
13 「自分には関係がない」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動反発
246 2.25かなりアンビバレント
273 2.37いくらかアンビバレント
307 2.45極度にアンビバレント
282 2.46逆アンビバレント
39 2.64運動支持
212 2.76全体
1359 2.45F検定の結果 p ? .0001
4.3 同和問題にかんする認識・考え・態度との関連
つづいて,同和問題にかんする認識・考え・態度との関連をみていこう.
まず,「ホンネとしての差別容認意識」の尺度は,「人を差別する気持ちは,人間の本能のようなものだ」「差別問題では,差別される側にも問題があることが多い」「人権や差別問題については,タテマエとホンネが一致しないのはやむをえない」の
3つの考え方への共感度を尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .638.最小値は3,最大値は12であり,数値が小さいほど「ホンネとしての差別容認意識」が強いことを示す.この「ホンネとしての差別容認意識」については,表
14に示すように,「運動支持」グループが,「運動反発」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて「ホンネとしての差別容認意識」が少ないという特徴がみられた.
表
14 「ホンネ意識」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動反発
242 7.30極度にアンビバレント
283 7.30かなりアンビバレント
274 7.39いくらかアンビバレント
311 7.47逆アンビバレント
42 8.29運動支持
215 8.39全体
1367 7.56F検定の結果 p ? .0001
「タテマエとしての人権尊重意識」の尺度は,「これからの世の中では,人権が最も大切にされなければならない」「皆が人権の大切さを自覚するようになれば,差別はなくなる」という
2つの考え方への共感度を尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .702.最小値は2,最大値は8であり,数値が小さいほど「タテマエとしての人権尊重意識」が高いことを示す.この「タテマエとしての人権尊重意識」については,表
15に示すように,「極度にアンビバレント」なグループがもっとも「タテマエとしての人権尊重意識」が強く,「運動反発」グループがもっとも弱いという特徴がみられた.
表
15 「タテマエ意識」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
293 2.84かなりアンビバレント
278 3.15運動支持
217 3.18逆アンビバレント
42 3.45いくらかアンビバレント
313 3.46運動反発
242 3.57全体
1385 3.24F検定の結果 p ? .0001
「差別者は醜いという感覚」の尺度は,「私は,人を差別するような人間にだけはなりたくない」「人を差別して平気な人は,人間として最低だ」という
2つの考え方への共感度を尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .524.最小値は2,最大値は8であり,数値が小さいほど「差別者は醜いという感覚」が強いことを示す.この「差別者は醜いという感覚」については,表
16に示すように,「運動反発」グループが,「極度にアンビバレント」や「運動支持」グループに比べて「差別者は醜いという感覚」が弱いという特徴がみられた.
表
16 「差別者は醜いという感覚」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
291 2.55かなりアンビバレント
275 2.72運動支持
217 2.80逆アンビバレント
43 2.98いくらかアンビバレント
312 3.16運動反発
246 3.08全体
1384 2.84F検定の結果 p ? .0001
「同和地区住民への共感度」の尺度は,「部落差別を受けた人のくやしさは,とても人ごととは思えない」「同和地区には,人としての思いやりがある人が多い」という
2つの意見への共感度を尋ね,この2項目への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .451.最小値は2,最大値は8であり,数値が小さいほど「同和地区住民への共感度」が強いことを示す.この「同和地区住民への共感度」については,表
17に示すように,「極度にアンビバレント」なグループが,「運動反発」や「運動支持」グループに比べて「同和地区住民への共感度」が強いという特徴がみられた.
表
17 「同和地区住民への共感度」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
269 3.50かなりアンビバレント
245 4.10運動支持
194 4.37いくらかアンビバレント
281 4.48運動反発
214 4.68逆アンビバレント
43 5.02全体
1246 4.23F検定の結果 p ? .0001
「部落差別自然解消論」の尺度は,「同和問題は,そっとしておけば自然になくなる」「部落差別は,もうなくなってきている」という
2つの意見への共感度を尋ね,これら2項目への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .760.最小値は2,最大値は8であり,数値が小さいほど「部落差別自然解消論」の考えが強いことを示す.この「部落差別自然解消論」については,表
18に示すように,「運動反発」グループが「自然解消論」の考えがもっとも強く,「運動支持」グループがもっとも弱いという特徴がみられた.
表
18 「自然解消論」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動反発
249 3.60極度にアンビバレント
296 4.31かなりアンビバレント
275 4.41いくらかアンビバレント
313 4.76逆アンビバレント
42 5.52運動支持
214 6.16全体
1389 4.63F検定の結果 p ? .0001
「逆差別論」の尺度は,「同和問題だけを強調して他の人権問題をおろそかにするのはよくない」「行政が同和地区の人にだけ特別な施策をするのは不公平だ」という
2つの意見への共感度を尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .568.最小値は2,最大値は8であり,数値が小さいほど「逆差別論」の考えが強いことを示す.この「逆差別論」については,表
19に示すように,「運動反発」と「極度にアンビバレント」なグループが,「運動支持」グループに比べて「逆差別論」の考えが強いという特徴がみられた.
表
19 「逆差別論」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動反発
243 3.32極度にアンビバレント
290 3.35かなりアンビバレント
275 3.69いくらかアンビバレント
309 4.12運動支持
213 4.59逆アンビバレント
43 4.84全体
1373 3.83F検定の結果 p ? .0001
4.4 「差別発言への態度」「結婚問題への態度」との関連
まず,「差別発言を見抜く力」との関連をみておこう.
「差別発言を見抜く力」とは,「あなたが親しい友人と雑談しているときに,その人から,共通の知り合いである
Aさんについて,『本人は隠しているけど,実はAさんは同和地区の出身なんだよ』と言われたとします.あなたは,そのような友人の発言には問題があると思いますか,それとも思いませんか」と尋ねたものであり,「1. 友人の発言には,問題があると思う」と答えた者67.0%,「2. 友人の発言には,別に問題はないと思う」33.0%であった.表
20に示すように,「運動反発」グループは,「運動支持」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて差別発言を見抜く力が弱い(あるいは,差別だと認めたがらない)という傾向がみられた.
表
20 「差別発言を見抜く力」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
216 1.24極度にアンビバレント
287 1.29かなりアンビバレント
275 1.31逆アンビバレント
40 1.35いくらかアンビバレント
311 1.35運動反発
248 1.41全体
1377 1.32F検定の結果 p ? .01
つぎに,「差別発言への態度」との関連をみてみよう.
「差別発言への態度」とは,上の設問に「友人の発言には,問題があると思う」と答えた者にだけ重ねて回答を求めた問いである.すなわち,「友人のそのような発言には問題があると感じた場合,次の
2つの対応のしかたが考えられます」として,「A. そのようなことを言うのは人権侵害になるからよくない,とその友人に言う」と,「B. その友人との仲が気まずくなるといけないので,批判がましいことは何も言わない」という文章を提示し,「あなたは,どちらに近い対応をしますか」と尋ねた.回答選択肢は,「1. Aに近い対応をする」「2. どちらかといえばAに近い対応をする」「3. どちらかといえばBに近い対応をする」「4. Bに近い対応をする」の4点尺度である.この「差別発言への態度」については,表
21に示すように,「運動支持」グループが,「運動反発」グループに比べて,目の前の差別発言にたいしてより批判的態度をとる傾向がある.
表
21 「差別発言への態度」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
161 1.86極度にアンビバレント
195 1.96いくらかアンビバレント
198 2.21かなりアンビバレント
189 2.22運動反発
142 2.24逆アンビバレント
25 2.28全体
910 2.10F検定の結果 p ? .001
そして,最後に,「結婚問題への態度」との関連をみておこう.
独身者にたいしては,「もし仮に,恋愛をし,結婚しようと思っている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどうすると思いますか」と尋ね,「
1. 相手の出身など,まったく問題にしない」「2. 迷いながらも,結局は結婚の意志を変えないだろう」「3. 迷った末,結局は考え直すだろう」「4. 考え直す」という4段階の回答選択肢を提示した.非独身者にたいしては,「もし仮に,あなたのお子さんやお孫さん(おられない場合も,いると仮定して)が恋愛をし,結婚したいといっている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどんな態度をとると思いますか」と尋ね,やはり
4段階の「1. 相手の出身など,まったく問題にしない」「2. 迷いながらも,結局は本人の意志を尊重するだろう」「3. 迷った末,結局は考え直すように言うだろう」「4. 考え直すように強く言う」という回答選択肢を提示した.ここで,「結婚問題への態度」とは,この
2つの設問が基本的に等価な関係にあるとの想定にたって,回答結果を統合したものである.したがって,最小値は1,最大値は4のままであり,数値が大きいほど同和地区出身者との「結婚問題」にかんして拒絶的な態度が強いことを示す.この「結婚問題への態度」については,統計的に有意な差はまったくみられなかった.念のために,その結果を表
22に示しておく.
表
22 「結婚問題への態度」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
逆アンビバレント
40 1.68運動支持
214 1.77極度にアンビバレント
287 1.78運動反発
239 1.81かなりアンビバレント
269 1.84いくらかアンビバレント
298 1.87全体
1347 1.81F検定の結果 p = .417
5
同和教育経験・社会啓発経験との関連
5.1 同和教育経験
「同和教育経験」とは,「あなたは,これまでに,学校で同和教育(『同和教育』という呼び方でなくても,同和問題を中心とした人権問題,差別問題に関する教育を含む)をどの程度受けましたか」と,小学校から大学までの合計時間数を,
5段階の回答選択肢を提示することで尋ねたものである.回答の結果は,「20時間以上受けた」と答えた者1.7%,「10〜19時間くらい受けた」2.7%,「5〜9時間くらい受けた」7.1%,「1〜4時間くらい受けた」28.2%,「まったく受けなかった」60.3%であった.しかしながら,この「同和教育経験」との関連では,統計的に有意な差は検出されなかった.
また,「同和教育を受けてのプラス印象」についても,統計的に有意な差はみられなかった.なお,「同和教育を受けてのプラス印象」の尺度とは,同和教育を受講して,「人権の大切さがよくわかる」「差別をなくそうという気持ちが強まる」「先生や講師の熱意を感じる」「わかりやすい」「人権や差別の問題が身近に感じられる」という
5項目の印象をもったかどうかの回答でもって構成した多重指標である(この尺度の信頼性をあらわすα係数は .809).いっぽう,「同和教育を受けてのマイナス印象」については,表
23に示すように,「極度にアンビバレント」なグループは,「運動支持」や「運動反発」グループに比べて,同和教育を受けたときの「マイナスの印象」が強かった傾向がみられた.このことは,「極度にアンビバレント」なグループは,「マイナスの印象」を与えるような同和教育を受ける機会が多かった,もしくは,同じ内容の同和教育であっても他の生徒よりも「マイナスの印象」をもって聞いた,ということを意味していよう.なお,「同和教育を受けてのマイナス印象」とは,同和教育を受講して,「具体的にどうすればよいのかわからない」「先生や講師はタテマエで話をしている」「自分とはあまり関係がない」「差別をなくすのは難しい」「内容が暗い」という
5項目の印象をもったかどうかの回答でもって構成した多重指標である(この尺度の信頼性をあらわすα係数は .583).4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は5,最大値は20であり,数値が小さいほど「マイナスの印象」が強いことを示す.
表
23 「同和教育のマイナス印象」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
90 10.10かなりアンビバレント
94 10.50運動支持
99 11.10運動反発
74 11.14いくらかアンビバレント
119 11.31逆アンビバレント
18 11.83全体
494 10.89F検定の結果 p ? .001
5.2 社会啓発経験
では,「社会啓発経験」との関連についてはどうか.
「社会啓発経験」とは,「あなたは,これまでに同和問題に関する学習会・研修会や講演会に,何回くらい参加したことがありますか(数日にわたる研修や連続講座などは,
1日を1回と数えてください)」と尋ねたものである.回答の結果は,「1. 10回以上」と答えた者2.5%,「2. 5〜9回」2.4%,「3. 2〜4回」12.1%,「4. 1回」9.3%,「5. 1回もない」73.7%であった.この「社会啓発経験」については,表
24に示すように,「運動支持」グループには,「極度にアンビバレント」や「運動反発」グループに比べて,社会啓発に参加したことのある者が相対的に多いという結果が見られた.
表
24 「社会啓発経験」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
214 4.13逆アンビバレント
41 4.17運動反発
249 4.41かなりアンビバレント
273 4.53いくらかアンビバレント
311 4.58極度にアンビバレント
289 4.58全体
1377 4.46F検定の結果 p ? .0001
そして,「社会啓発に参加してのプラス印象」(同和教育を受けての印象と同様に構成した多重指標.この尺度の信頼性をあらわすα係数は
.815.最小値は5,最大値は20であり,数値が小さいほど「プラスの印象」が強かったことを示す)についても,表25に示すように,「運動支持」グループは,「運動反発」や「極度にアンビバレント」なグループに比べて,社会啓発に参加したときの「プラスの印象」が強い.このことは,「運動支持」グループは「プラスの印象」を与えるような社会啓発を受ける機会にめぐまれた,もしくは,同じ内容の社会啓発であっても他の人よりもそのような印象をもって受け止めたということを意味していよう.
表
25 「社会啓発のプラス印象」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
71 7.92逆アンビバレント
15 9.33かなりアンビバレント
60 9.35極度にアンビバレント
53 9.43いくらかアンビバレント
59 9.75運動反発
61 10.74全体
319 9.38F検定の結果 p ? .0001
また,「社会啓発に参加してのマイナス印象」(同和教育を受けての印象と同様に構成した多重指標.この尺度の信頼性をあらわすα係数は
.634.最小値は5,最大値は20であり,数値が小さいほど「マイナスの印象」が強かったことを示す)については,表26に示すように,「極度にアンビバレント」なグループは,「運動支持」グループに比べて,社会啓発を受けたときの「マイナスの印象」が強い.このことは,「極度にアンビバレント」なグループは,「マイナスの印象」を与えるような社会啓発を受ける機会が多かった,もしくは,同じ内容の社会啓発であっても他の人たちよりも「マイナスの印象」をもって聞いた,ということを意味していよう.
表
26 「社会啓発のマイナス印象」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
極度にアンビバレント
50 10.48かなりアンビバレント
54 10.65いくらかアンビバレント
58 10.88運動反発
60 11.73運動支持
67 12.07逆アンビバレント
15 12.93全体
304 11.31F検定の結果 p ? .001
5.3 社会啓発への参加意欲
さらに,「社会啓発への参加意欲」との関連をみておこう.
「社会啓発への参加意欲」とは,「あなたは,今後,同和問題に関する研修会・講座や講演会などが開かれた場合,参加したいと思いますか」と尋ね,
4段階の回答選択肢でもって答えてもらったものである.回答の結果は,「1. ぜひ参加したい」4.6%,「2. できれば参加したい」37.5%,「3. あまり参加したくない」50.1%,「4. 絶対に参加したくない」7.7%であった.この「社会啓発への参加意欲」については,表
27に示すように,「運動支持」グループがもっとも参加意欲が強く,「運動反発」グループがもっとも参加意欲が弱い.
表
27 「社会啓発への参加意欲」のグループ別分散分析グループ 回答数 平均値
運動支持
215 2.33極度にアンビバレント
294 2.59逆アンビバレント
42 2.62いくらかアンビバレント
313 2.62かなりアンビバレント
274 2.68運動反発
249 2.81全体
1387 2.62F検定の結果 p ? .0001
6
まとめ――社会啓発のターゲット
「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」という設問と「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」という設問にたいして,一貫して運動を支持する回答をした人たちと,逆に,一貫して運動に反発する回答をした人たちだけでなく,両方の設問に“そう思う”と回答したある意味でアンビバレントな考え方の人たちが大勢いた.とくに,そのうちの「極度にアンビバレント」なグループの特性を,「運動支持」グループや「運動反発」グループとの比較において明らかにしようとしてきた.
それぞれのグループ相互の違いを強調するかたちで分析結果をまとめれば,以下のようである.
6.1 「運動支持」グループ
「運動支持」グループは,同和問題への関心も強く,相対的に知識も多い.そして,「部落差別は,絶対に許せない」という感覚が強く,「部落差別は不合理だが,しかたのないことだ」とも,「同和問題は,自分にはあまり関係がない問題だ」とも思わない.「ホンネとしての差別容認意識」も少なく,「部落差別自然解消論」の考えや「逆差別論」の考えも弱い.「差別発言」を目の前にしたときは,批判的態度をとる.
ただし,同和地区にたいする「かわいそう」とか「暗い」というイメージが強い点が気になる
7).――この点は,「運動支持」グループが「部落差別は,もうなくなってきている」とはもっとも考えていないグループであることと関係があろう.すなわち,「部落差別は,もうなくなってきている」という変数と「同和地区の人は,かわいそうだ」および「同和地区というと,暗いイメージがある」という変数のあいだには逆相関の関係がある(それぞれr =−.170,−.209).「差別がある」という認識と「かわいそう」「暗い」というイメージが結びつきがちなのであろう.その意味では,差別の歴史と現実を教えることと,「かわいそう」「暗い」といったイメージを切り離すこと,それが今後の社会啓発の課題のひとつと言えよう.このような「運動支持」グループは,若い人(
30代でその割合が高い),学歴の高い人(大学・大学院卒でその割合が高い)に多くみられる.また,「社会啓発への参加経験」のある者が相対的に多い.しかも,社会啓発に参加したときの問題の理解を深める「プラスの印象」が強い.
以上のように,「運動支持」グループは,同和問題のよき理解者であり,社会啓発への参加を求めることでよりいっそう意識変革をなしとげうる人たちだと言えよう.「社会啓発への参加意欲」も強いので,積極的に働きかければ,社会啓発場面に自発的に参加してくれる可能性の高い人たちである.
6.2 「運動反発」グループ
「運動反発」グループは,同和地区がどこにあるかはよく知っているが,同和問題への関心は薄く,知識も少ない.「ホンネとしての差別容認意識」が相対的に強く,「部落差別は,絶対に許せない」とはあまり思わないし,「部落差別は不合理だが,しかたのないことだ」し,「同和問題は,自分にはあまり関係がない問題だ」と思う傾向がある.「差別者は醜いという感覚」も「同和地区住民への共感度」も弱く,「タテマエとしての人権尊重意識」すら弱い.そして,「部落差別自然解消論」の考えがきわめて強く,「逆差別論」の考えも強い.「差別発言」を目の前にしても,それを差別だと認識しようとしない.
このような「運動反発」グループは,やや高齢層の人(
50代でその割合が高い)に多くみられる.「運動反発」グループは,「社会啓発への参加経験」に乏しく,「社会啓発への参加意欲」も乏しい.たとえ社会啓発に参加しても,問題の理解を深める「プラスの印象」をもつことが少ない.
以上のように,「運動反発」グループは,もっとも人権感覚が欠如しており,しかも,部落差別問題はもうないと強硬に思い込んでおり,「社会啓発への参加意欲」も弱いので,社会啓発場面への参加を求めること自体が困難な人たちである.
なお,「運動反発」グループが「同和地区にたいするマイナスイメージ」が薄いという知見について一言しておこう.より仔細に分析した結果,「運動反発」グループは,「同和地区の人は,かわいそうだ」とも思わないし,「同和地区というと,暗いイメージがある」とも思わないし,「同和地区の人は,まじめだ」とも思わないという傾向がみられた.このことは,「運動反発」グループが同和地区がどこにあるかはよく知っているにもかかわらず
8),同和地区にたいするイメージ自体が希薄である,もしくは,イメージをもつことを拒否している,と解釈できよう.ようするに,「運動反発」グループの意識の全体的なありようを勘案すれば,このグループは「同和地区にたいするマイナスイメージ」が薄いというよりも,むしろ,同和地区の人にたいしても同和問題にたいしても“かかわりをもとうとしない”という意味で冷淡な感覚をもったグループとして特徴づけられよう.
6.3 「極度にアンビバレント」なグループ
「極度にアンビバレント」なグループは,同和問題の知識は乏しいが,関心はそこそこもっており,「部落差別は,絶対に許せない」という感覚が強い.「ホンネとしての差別容認意識」は強いものの,「差別者は醜いという感覚」が強く,「同和地区住民への共感度」も強いことから考えると,「タテマエとしての人権尊重意識」が強いというのも,あながち単なるタテマエとは決めつけられないように思われる.ただし,「逆差別論」の考えは強い.
このような「極度にアンビバレント」なグループは,高齢層の人(
70代でその割合が高い),低学歴の人(義務教育卒でその割合が高い)に多くみられる.学校での同和教育を受けたことがある者のばあい,「同和教育を受けてのマイナスの印象」を相対的に強くもった度合が高い.「社会啓発への参加経験」も乏しいが,社会啓発に参加したことがある者のばあい,やはり,「社会啓発を受けてのマイナスの印象」を強く抱いている.ただし,「社会啓発への参加意欲」はそこそこもっている.
以上の分析結果からは,「極度にアンビバレント」なグループは,かならずしも,同和問題にかんして矛盾だらけの考え方をしている“分からず屋”ではなく,真摯に差別はよくない,なくしたいと思いながらも,なにぶん同和問題にかんする知識・認識が不十分なために,一貫した考えを自分のものにできないでいる人たちだと思われる.「社会啓発への参加意欲」も多少はもっているので,積極的に働きかければ,かならずしも自発的参加ではないにせよ,社会啓発場面に参加してくれる可能性のある人たちであろう.
ただし,同和問題の解決の展望をもつことができないでいる人たちであると考えられるので,「極度にアンビバレント」なグループに属する人たちを迎え入れた社会啓発場面では,極力「マイナスの印象」をもたせることなく,「プラスの印象」をもてるような,創意工夫をこらした啓発をしなければならないだろう.
なお,本稿における分析で抽出した「運動支持」「運動反発」および「極度にアンビバレント」なグループという,部落問題の解決をめざすさまざまな取り組みや解放運動をめぐってどのような考え方をしているかという区分が,「結婚問題への態度」とはまったく関係をもたなかったことにも留意しておく必要があろう.すなわち,部落問題の理解を深めることと,具体的に結婚問題の場面で差別をしないということとは,次元の異なることであるということを,ここでの分析結果は示唆していると考えられる.
その意味では,同和教育や社会啓発の具体的な課題を,「問題の理解者」を増やすことにおくか,「結婚問題などで差別をしない人間」を育てることにおくか
9),あらかじめ十分に考えたうえで取り組みを進めていく必要があるように思われる.もちろん,両方とも達成できればそれにこしたことはないが,二者択一せざるをえない可能性が大きいのではないかと思われる.
[注]
2) 回答選択肢の表現は「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」であるが,表1では「思う」「やや思う」「やや思わない」「思わない」と略記した.
3) 部落問題をめぐるこのような回答の非一貫性を,タテマエとホンネの使い分けといった解釈ではなく,「アンビバレントな意識」として解釈してみる必要があるという着想は,竹ノ下弘久氏に負うている.
4) 「同和問題の知識度」の主成分分析の結果は,つぎのとおり.
表
28 「同和問題の知識度」の主成分分析変数 共通性 因子負荷量 主成分 固有値 寄与率
水平社宣言
.518 .720 1 3.187 53.1同和対策審議会答申
.691 .831同和対策事業
.674 .821『橋のない川』
.408 .639狭山事件
.343 .585部落地名総鑑事件
.554 .7445) 「同和地区にたいするマイナスイメージ」の主成分分析の結果は,つぎのとおり.
表
29 「マイナスイメージ」の主成分分析変数 共通性 因子負荷量 主成分 固有値 寄与率
かわいそう
.500 .707 1 2.056 51.4暗い
.643 .802こわい
.342 .585生まれないでよかった
.571 .756
7) 「同和地区にたいするマイナスイメージ」を従属変数とし,「結婚問題への態度」(この尺度については本文での説明を参照されたい)を要因とする一元配置の分散分析の結果を示せば,つぎのとおりである.
表
30 「マイナスイメージ」の「結婚問題への態度」別分散分析結婚問題への態度 回答数
平均値考え直す(ように説得)
36 8.50迷った末考え直す(ように説得)
112 8.96迷いながらも意志を変えない(意志を尊重)
692 9.60問題にしない
451 11.00全体
1291 10.00F検定の結果 p ? .0001
したがって,「運動支持」グループと「極度にアンビバレント」なグループの「マイナスイメージ」の
9.48と9.57という平均値は,「結婚問題への態度」において,結婚相手が同和地区出身とわかったら「考え直す(ように説得)」したり,「迷った末考え直す(ように説得)」したりする人びとほど,「マイナスイメージ」が強いというわけではない.8) 「運動反発」グループが同和地区がどこにあるかをよく知っているのは,このグループに属する者が年齢的に50代でその割合が高いことに関連していると考えられる.ちなみに,「同和地区の所在の認知度」の年齢別分散分析の結果を示せば,つぎのとおりである.20代の人たちにおいて同和地区の所在を知らない割合が顕著に高い.同時に,50代の人たちが同和地区の所在をもっともよく知っている.
表
31 「同和地区の所在の認知度」の年齢別分散分析年齢
回答数 平均値50
代 282 1.7540
代 317 1.7760
代 274 1.8070
以上 219 1.8930
代 183 1.9320
代 130 2.32全体
1405 1.86F検定の結果 p ? .0001
9) 同和教育や社会啓発の具体的な目標を「結婚問題などで差別をしない人間」を育てることにおくならば,「同和地区にたいするマイナスイメージ」の払拭を最大の課題としなければならないことについては,福岡(1998)を参照されたい.
[文献]
千葉県人権啓発センター,
福岡安則,
1998,「同和教育・社会啓発の経験と効果――千葉県内3市町住民意識調査から」,『埼玉大学紀要』,34(1):17-28.