「マイノリティ問題研究会」1999.5.18

 

「無知」と「差別する可能性」

――1998年度千葉県内3市町住民意識調査から――

 

福 岡 安 則

 

 

1 「同和問題を知らない」という回答

 

 いまどきの若者は,もはや部落差別などしない.部落などというものを知らないのだから,差別などするはずがない.――このようなことを,したり顔に言う人がいる.口にしないまでも,多くの人がそう思っているのではないだろうか.

 千葉県内の3市町(M市,N市,S町)の住民を対象とした1997年度の意識調査(千葉県人権啓発センター 1998)では,われわれは,調査票のかなりはじめの部分で,「あなたは,日本に『同和地区(被差別部落)』と呼ばれる,差別を受けてきた地域があることをご存じですか」という質問をもうけ,この問いに「知らない」と回答した人たち(回答者全体の14.5%)には,それ以降の同和問題にかかわる一連の質問には回答しなくてよいという指示を与えた.そのような措置をとったのは,同和問題をまったく認知しない者には,この問題にかかわる具体的な設問に回答しようがないと判断したためである.

 しかし,そのような扱いは,従来の部落問題意識調査では自明のこととしておこなわれてきたこととはいえ,“部落問題を知らない人は差別をしない”という暗黙の仮説を取り込んだことになるのではないかと考えなおした.というのも,私は「差別問題の社会学」の講義のなかで学生たちに書いてもらったレポートの分析をとおして,以前から,「無知は差別しないことを保証しない」(福岡 1985)と考えてきていたからである.それゆえ,1998年度の調査1) では,質問文を変更するとともに,「同和問題は知らない」と答えた人たちにも,その後の設問に引き続き回答することを求めた.

 修正された質問文は,「あなたは,同和問題(部落問題)について,どの程度知っていますか」というものであり,4段階の回答選択肢によって答えてもらった.回答の結果は,1「くわしく知っている」と答えた人が3.7%,2「だいたいは知っている」29.7%,3「少しは知っている」48.7%,4「ぜんぜん知らない」18.0%であった.

 以下では,1997年度の調査のやり方であれば,もはやそれ以上なんら分析の手だてもなかった,「ぜんぜん知らない」と回答した人たちの意識のありようを詳しく分析してみたい.

 

2 基本属性との関連

 

 性別にかんしては,1のクロス表に示すように,男性よりも女性に同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちの割合が多い.

 

   表1 性別と同和問題認知度のクロス表    実数(%)

くわしい

だいたい

すこし

ぜんぜん

男性

女性

45( 5.6)

20( 2.1)

274(34.0)

250(26.3)

361(44.8)

491(51.6)

125(15.5)

190(20.0)

805(45.8)

951(54.2)

65( 3.7)

524(29.8)

852(48.5)

315(17.9)

1756(100.0)

        ? 2 検定の結果 S ? .00001

 

 年齢にかんしては,2のクロス表に示すように,若い人たち,とくに20代の人に,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちの割合が多い.

 

   表2 年齢と同和問題認知度のクロス表    実数(%)

くわしい

だいたい

すこし

ぜんぜん

20

30

40

50

60

70以上

5( 2.6)

7( 2.8)

14( 3.7)

21( 6.2)

9( 2.6)

10( 3.5)

34(17.7)

55(22.3)

122(31.9)

110(32.5)

114(33.5)

94(32.9)

93(48.4)

124(50.2)

191(49.9)

160(47.3)

170(50.0)

132(46.2)

60(31.3)

61(24.7)

56(14.6)

47(13.9)

47(13.8)

50(17.5)

192(10.8)

247(13.8)

383(21.4)

338(18.9)

340(19.0)

286(16.0)

66( 3.7)

529(29.6)

870(48.7)

321(18.0)

1786(100.0)

        ? 2 検定の結果 S ? .00001

 

 学歴にかんしては,3のクロス表に示すように,学歴の低い人たち,とくに「義務教育卒」の人に,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちの割合が多い.

 

   表3 学歴と同和問題認知度のクロス表    実数(%)

くわしい

だいたい

すこし

ぜんぜん

義務教育卒

高校卒

短大等卒

大学・大学院卒

10( 1.9)

31( 4.1)

8( 2.8)

16( 9.4)

140(27.1)

222(29.3)

82(28.9)

68(40.0)

254(49.1)

365(48.2)

152(53.5)

75(44.1)

113(21.9)

140(18.5)

42(14.8)

11( 6.5)

517(29.9)

758(43.8)

284(16.4)

170( 9.8)

65( 3.8)

519(30.0)

839(48.5)

306(17.7)

1729(100.0)

        ? 2 検定の結果 S ? .00001

 

 居住歴にかんしては,統計的に有意な差はみられなかった.

 4は,以上のところを重回帰分析によって再確認したものである(参考のために相関係数も記載しておく)2).人びとが同和問題をどの程度知っているかについては,学歴と年齢の要因がかなり大きく作用しており,そして性別がすこし作用していることが確認される.すなわち,低学歴であること,若年層であること,そして,女性であることが,同和問題を知らないという意識状況をつくりだす要因となっている.

 

4 同和問題認知度に対する諸要因の影響力の強さ


要因  相関係数  ベータ係数

―――――――――――――――

性別    .123    .086 **

年齢   -.136    -.242 **

学歴   -.142    -.257 **

居住歴   .052    .035

―――――――――――――――

* p ? .05 で,** p ? .01 で有意 N = 1677 R2 = .082

 

3 「ぜんぜん知らない」人たちの意識傾向

 

 つづいて,同和問題は「ぜんぜん知らない」と回答した人たちの意識の傾向を見ていこう.用いる分析の手法は,「同和問題の認知度」を要因とする一元配置の分散分析と多重比較(Tukeyの厳密な有意差検定)である.その結果統計的に有意な差がみられたばあいでも,さらに,「性別」「年齢」「学歴」をコントロールした共分散分析を適用して,グループ別の要因の主効果の統計的有意性を確認した.

 

 3.1 同和問題への関心度・知識度との関連

 5に示すように,当然といえば当然のことであるが,「同和問題の認知度」と「同和問題への関心度」はきれいに比例しており,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは同和問題への関心がもっとも薄い.

 なお,「同和問題への関心度」とは,「同和問題(部落差別問題)」にどの程度関心があるかを,1「とても関心がある」,2「かなり関心がある」,3「あまり関心がない」,4「ぜんぜん関心がない」の4段階の回答選択肢で答えてもらったものである.したがって,平均値が大きいほど,同和問題への関心が薄いことを示す.

 

5 「同和問題への関心度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   57  2.15

だいたい  452  2.50

すこし   758  2.76

ぜんぜん  292  2.99

――――――――――――

全体    1559  2.71

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 同和問題に関心がないということは,同和問題は自分には関係がないと思うことでもある.6に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「同和問題は,自分にはあまり関係がない問題だ」(1「そう思う」から4「そう思わない」までの4段階の回答選択肢を提示した)と思う割合が高い.

 

6 「自分には関係がない」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  268  2.19

すこし   750  2.32

だいたい  433  2.66

くわしい   58  3.00

――――――――――――

全体    1509  2.42

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 これもまた,当然のことながら,7に示すように,「同和問題の認知度」と「同和問題の知識度」はきれいに比例しており,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,「同和問題の知識度」がきわめて低く,文字通りほとんどまったく無知の状態にあることが示されている.

 なお,「同和問題の知識度」とは,「同和対策審議会答申」「同和対策事業」「部落地名総鑑事件」「水平社宣言」「『橋のない川』」「狭山事件」の6項目について,1「くわしく知っている」,2「少しは知っている」,3「言葉だけは知っている」,4「知らない」の4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .811であった.最小値は6,最大値は24であり,数値が小さいほど「同和問題の知識」が多いことを示す.

 

7 「同和問題への知識度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   58  14.84

だいたい  416  18.01

すこし   720  20.51

ぜんぜん  284  22.35

――――――――――――

全体    1478  19.94

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 3.2 他の人権問題への関心度・知識度との関連

 同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちというのは,同和問題だけに関心も知識もないのだろうか.より広くさまざまな「人権問題への関心度」および「人権問題の知識度」との関連をみてみよう.

 8に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,「身近に感じられやすい人権問題群への関心度」がもっとも弱い.

 なお,「身近に感じられやすい人権問題群への関心度」とは,「子どもの人権問題」「高齢者の人権問題」「障害者問題」「学校でのいじめ問題」「女性問題」の5項目について,1「とても関心がある」,2「かなり関心がある」,3「あまり関心がない」,4「ぜんぜん関心がない」の4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である3).この尺度の信頼性をあらわすα係数は .794であった.最小値は5,最大値は20であり,数値が小さいほど「身近な人権問題群への関心度」が高いことを示す.

 

8 「身近な人権問題群への関心度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   56   9.34

だいたい  427   9.43

すこし   716  10.06

ぜんぜん  276  10.81

――――――――――――

全体    1475  10.00

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 さらに,「ひとごとと感じられやすい人権問題群への関心度」についても,9に示すように,「同和問題の認知度」と「ひとごとの人権問題群への関心度」はきれいに比例しており,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちがもっとも関心が弱い.

 なお,「ひとごとと感じられやすい人権問題群への関心度」とは,「在日韓国・朝鮮人問題」「アイヌ問題」「外国人労働者問題」の3項目について,やはり4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である4).この尺度の信頼性をあらわすα係数は .778であった.最小値は3,最大値は12であり,数値が小さいほど「ひとごとの人権問題群への関心度」が高いことを示す.

 

9 「ひとごとの人権問題群への関心度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   57  7.19

だいたい  441  8.01

すこし   736  8.62

ぜんぜん  289  9.19

――――――――――――

全体    1523  8.50

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 また,10に示すように,「同和問題の認知度」と「一般的人権問題群の知識度」はきれいに比例しており,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちが「一般的人権問題」についてももっとも知識が少ない.

 なお,「一般的人権問題の知識度」とは,「世界人権宣言」「人種差別撤廃条約」「国際人権規約」「子どもの権利条約」「男女雇用機会均等法」「人権教育のための国連10年」の6項目について,1「くわしく知っている」,2「少しは知っている」,3「言葉だけは知っている」,4「知らない」の4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .834であった.最小値は6,最大値は24であり,数値が小さいほど「一般的人権問題の知識度」が高いことを示す.

 

10 「一般的人権問題の知識度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   53  14.40

だいたい  426  16.59

すこし   730  18.48

ぜんぜん  291  20.02

――――――――――――

全体    1500  18.10

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 3.3 同和問題にかんする認識・考え・イメージとの関連

 「ホンネとしての差別容認意識」については,11に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「ホンネとしての差別容認意識」が強い.

 なお,「ホンネとしての差別容認意識」とは,「人権や差別問題については,タテマエとホンネが一致しないのはやむをえない」「差別問題では,差別される側にも問題があることが多い」「人を差別する気持ちは,人間の本能のようなものだ」「部落差別は不合理だが,しかたのないことだ」の4項目について,1「共感する」,2「どちらかといえば共感する」,3「どちらかといえば反発を感じる」,4「反発を感じる」の4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .656であった.最小値は4,最大値は16であり,数値が小さいほど「ホンネ意識」が強いことを示す.

 

11 「ホンネ意識」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  229  10.40

すこし   682  10.70

だいたい  409  11.26

くわしい   55  11.78

――――――――――――

全体    1375  10.86

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 「タテマエとしての人権尊重意識」については,12に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」と回答した人たちに比べて,「タテマエとしての人権尊重意識」が弱い.

 なお,「タテマエとしての人権尊重意識」とは,「これからの世の中では,人権が最も大切にされなければならない」「皆が人権の大切さを自覚するようになれば,差別はなくなる」「人を差別して平気な人は,人間として最低だ」「私は,人を差別するような人間にだけはなりたくない」の4項目について,やはり4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .688であった.最小値は4,最大値は16であり,数値が小さいほど「タテマエ意識」が強いことを示す.

 

12 「タテマエ意識」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   54  5.37

だいたい  435  5.91

すこし   749  6.13

ぜんぜん  277  6.20

――――――――――――

全体    1515  6.05

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .01

 

 「部落差別自然解消論」については,13に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「自然解消論」の考えが強い.

 なお,「部落差別自然解消論」とは,「同和問題は,そっとしておけば自然になくなる」「部落差別は,もうなくなってきている」「いまさら同和問題など,学校で教えない方がよい」「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」の4項目について,やはり4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .760であった.最小値は4,最大値は16である.数値が小さいほど「自然解消論」の考えが強いことを示す.

 

13 「自然解消論」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  253   8.43

すこし   689   8.55

だいたい  403   9.17

くわしい   54  10.30

――――――――――――

全体    1399   8.77

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 「反差別的な考え」5) および「逆差別論」6) については,統計的に有意な差はみられなかった.

 「同和地区にたいするマイナスイメージ」7) についても,統計的に有意な差はみられなかった.

 ただし,「同和地区は,こわいところだ」というイメージ(4段階の回答選択肢,数値が小さいほど「こわい」イメージが強い)にかんしては,14に示すように,同和問題について「くわしく知っている」と回答した人たちがもっとも「こわい」イメージが弱く,「だいたいは知っている」と回答した人たちがそれにつぎ,「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは相対的に「こわい」イメージが強い.

 

14 「こわい」イメージの同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  233  3.05

すこし   683  3.14

だいたい  419  3.24

くわしい   58  3.45

――――――――――――

全体    1393  3.17

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .001

 

4 「差別発言への態度」「結婚問題への態度」との関連

 

 差別発言を見抜けるかどうかにかんしては,15に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,他のすべての回答をした人たちよりも,目の前の差別発言を差別と見抜けない傾向が強い.

 なお,「差別発言を見抜く力」とは,「あなたが親しい友人と雑談しているときに,その人から,共通の知り合いであるAさんについて,『本人は隠しているけど,実はAさんは同和地区の出身なんだよ』と言われたとします.あなたは,そのような友人の発言には問題があると思いますか,それとも思いませんか」と尋ねたものであり,1「友人の発言には,問題があると思う」と,2「友人の発言には,別に問題はないと思う」の回答選択肢を提示した.

 

15 「差別発言を見抜く力」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   64  1.20

だいたい  515  1.27

すこし   823  1.32

ぜんぜん  294  1.48

――――――――――――

全体    1696  1.33

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 差別発言への態度にかんしては,16に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,差別発言にたいして批判的な態度をとらない傾向が強い.

 なお,「差別発言への態度」とは,上の設問に「友人の発言には,問題があると思う」と答えた者にだけ重ねて回答を求めた問いである.すなわち,「友人のそのような発言には問題があると感じた場合,次の2つの対応のしかたが考えられます」として,「A. そのようなことを言うのは人権侵害になるからよくない,とその友人に言う」と,「B. その友人との仲が気まずくなるといけないので,批判がましいことは何も言わない」という文章を提示し,「あなたは,どちらに近い対応をしますか」と尋ねた.回答選択肢は,1Aに近い対応をする」,2「どちらかといえばAに近い対応をする」,3「どちらかといえばBに近い対応をする」,4Bに近い対応をする」の4点尺度である.

 

16 「差別発言への態度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   49  1.78

だいたい  368  1.89

すこし   547  2.18

ぜんぜん  145  2.40

――――――――――――

全体    1109  2.09

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 「結婚問題への態度」にかんしては,17に示すように,Tukeyの厳密な有意差検定により統計的に有意な差が認められたのは,同和問題について「くわしく知っている」と回答した人たちは「少しは知っている」と回答した人たちに比べて,結婚問題で拒絶的な態度をとることが少ないということのみであった.ただし,より基準の緩やかなStudent-Newman-Keulsの有意差検定では,「くわしく知っている」と回答した人たちと「ぜんぜん知らない」と回答した人たちのあいだにも統計的に有意な差が認められた.

 なお,「結婚問題」については,独身者にたいしては,「もし仮に,恋愛をし,結婚しようと思っている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどうすると思いますか」と尋ね,1「相手の出身など,まったく問題にしない」,2「迷いながらも,結局は結婚の意志を変えないだろう」,3「迷った末,結局は考え直すだろう」,4「考え直す」という4段階の回答選択肢を提示した.また,非独身者にたいしては,「もし仮に,あなたのお子さんやお孫さん(おられない場合も,いると仮定して)が恋愛をし,結婚したいといっている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどんな態度をとると思いますか」と尋ね,やはり4段階の1「相手の出身など,まったく問題にしない」,2「迷いながらも,結局は本人の意志を尊重するだろう」,3「迷った末,結局は考え直すように言うだろう」,4「考え直すように強く言う」という回答選択肢を提示した.

 ここで,「結婚問題への態度」とは,この2つの設問が基本的に等価な関係にあるとの想定にたって,回答結果を統合したものである.したがって,最小値は1,最大値は4のままであり,数値が大きいほど同和地区出身者との「結婚問題」にかんして拒絶的な態度が強いことを示す.

 

17 「結婚問題への態度」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   60  1.57

ぜんぜん  287  1.78

だいたい  506  1.80

すこし   823  1.86

――――――――――――

全体    1676  1.82

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .05

 

5 パーソナリティ特性との関連

 

 つづいて,パーソナリティの特徴との関連をみてみよう.なお,パーソナリティにかんする設問は,自分にかんして,1「とても当てはまる」から4「ぜんぜん当てはまらない」までの4段階の回答選択肢を提示して尋ねたものである.

 表18に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」および「少しは知っている」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「人のうわさを信じやすい方だ」ということが自分に当てはまると考える傾向が強い.

 

18 「うわさを信じる」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  284  2.54

すこし   748  2.60

だいたい  440  2.74

くわしい   55  2.96

――――――――――――

全体    1527  2.64

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 表19に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「何かをするとき,まわりの目を気にする方だ」ということが自分に当てはまると考える傾向が強い.

 

19 「まわりの目を気にする」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

ぜんぜん  283  2.44

すこし   744  2.56

だいたい  436  2.61

くわしい   56  2.86

――――――――――――

全体    1519  2.56

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .001

 

 表20に示すように,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,「くわしく知っている」または「だいたいは知っている」と回答した人たちに比べて,「自分のことは,なんでも自分で決める方だ」ということが自分に当てはまると考える傾向が弱い.

 

20 「自分で決める」の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   58  1.86

だいたい  449  2.04

ぜんぜん  288  2.16

すこし   759  2.18

――――――――――――

全体    1554  2.12

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .001

 

6 同和教育・社会啓発との関連

 

 21に示すように,学校での「同和教育の受講経験」と「同和問題の認知度」とはきれいに比例しており,同和問題を「ぜんぜん知らない」と回答した人たちがもっとも「同和教育の受講経験」が少ない.

 なお,「同和教育の受講経験」とは,「あなたは,これまでに,学校で同和教育(『同和教育』という呼び方でなくても,同和問題を中心とした人権問題,差別問題に関する教育を含む)をどの程度受けましたか」と,小学校から大学までの合計時間数を,5段階の回答選択肢を提示することで尋ねたものである.回答の結果は,120時間以上受けた」と答えた者1.7%,21019時間くらい受けた」2.7%,359時間くらい受けた」7.1%,414時間くらい受けた」28.2%,5「まったく受けなかった」60.3%であった.

 

21 同和教育経験の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   61  3.82

だいたい  495  4.24

すこし   799  4.48

ぜんぜん  282  4.73

――――――――――――

全体    1637  4.43

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 これまた当然ながら,22に示すように,「社会啓発への参加経験」と「同和問題の認知度」とはきれいに比例しており,同和問題を「ぜんぜん知らない」と回答した人たちがもっとも「社会啓発への参加経験」が少ない.

 なお,「社会啓発への参加経験」とは,「あなたは,これまでに同和問題に関する学習会・研修会や講演会に,何回くらい参加したことがありますか(数日にわたる研修や連続講座などは,1日を1回と数えてください)」と尋ねたものである.回答の結果は,110回以上」と答えた者2.5%,259回」2.4%,324回」12.1%,41回」9.3%,51回もない」73.7%であった.

 

22 社会啓発経験の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   63  3.33

だいたい  515  4.07

すこし   829  4.67

ぜんぜん  306  4.94

――――――――――――

全体    1713  4.49

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

 また,23に示すように,「社会啓発への参加意欲」と「同和問題の認知度」とはきれいに比例しており,同和問題を「ぜんぜん知らない」と回答した人たちがもっとも「社会啓発への参加意欲」が少ない.

 なお,「社会啓発への参加意欲」とは,「あなたは,今後,同和問題に関する研修会・講座や講演会などが開かれた場合,参加したいと思いますか」と尋ね,4段階の回答選択肢でもって答えてもらったものである.回答の結果は,1「ぜひ参加したい」4.6%,2「できれば参加したい」37.5%,3「あまり参加したくない」50.1%,4「絶対に参加したくない」7.7%であった.

 

23 社会啓発参加意欲の同和問題認知度別分散分析

 


認知度  回答数 平均値

――――――――――――

くわしい   63  2.29

だいたい  524  2.45

すこし   849  2.65

ぜんぜん  312  2.86

――――――――――――

全体    1748  2.61

――――――――――――

 F検定の結果 p ? .0001

 

7 まとめ――「無知」は差別しないことを保証しない

 

 以上の結果をまとめてみよう.

 まず,当然のことであるが,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,同和問題にかんする事柄についての知識もきわめて少なく,同和問題への関心ももっとも薄い.このように同和問題に「無知・無関心」であるということは,同時に,同和問題はそもそも自分にはかかわりのないことだと思い込んでいるということでもある.

 では,関係ないと思っているのだから,差別はしないと言えるのであろうか.同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,「くわしく知っている」と回答した人たちに比べて,かえって,結婚問題で差別的な態度をとる可能性が高い.同和問題について「ぜんぜん知らない」からといって,結婚問題で差別的な態度をとる可能性がないとは言えないのである.さらには,目の前の差別発言を差別と見抜けない人の割合が多く,たとえ差別と気づいたとしてもその差別発言にたいして批判的な態度をとれない人の割合が多い.

 その背景には,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人は,「タテマエとしての人権尊重意識」さえ弱いということがみられる.そして,「ホンネとしての差別容認意識」が強い.しかも,「同和地区は,こわいところだ」というイメージを相対的に強くもっている.「知らない」がゆえに,かえって,「こわい」イメージを抱いてしまうのであろう.

 しかも,ある意味で始末の悪いことに,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,意思決定をするときに,「自分のことは,なんでも自分で決める」といった自立した人格の持ち主ではなく,むしろ,「何かをするとき,まわりの目を気にしたり」,「人のうわさを信じやすい」傾向が強いのである.

 従来,ともすれば,“若い人たちには部落問題を知らない人が増えてきた.知らなければ,差別もしないはずだ”と考えられがちであった.このような考え方が,西日本に比べて東日本でいつまでも学校同和教育の取り組みが消極的なままに推移していることの大きな原因となっていたと思われる.しかし,以上の分析の結果は,むしろ,部落問題を知らないからといって,結婚問題で差別はしないという保証はなにもないこと,また,目の前で差別発言がなされても見過ごしてしまいがちであることを示している.それだけでなく,パーソナリティのありようにかんしても,いくつもの特徴がみられた.

 どうやら,同和問題について「ぜんぜん知らない」というのは,たまたま知る機会のないままに20歳以上の成人になってしまった,ということではなさそうである.

 たしかに,20代の若い人たちに同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人の割合が多かったことは,敗戦後しばらくまでのロコツな部落差別は少なくなり,部落問題について知らないままに成長する若者が増えてきたという一般的状況の反映であると解釈できよう.また,義務教育卒学歴の人たちに同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人の割合が多かったことは,低学歴の人たちほど部落問題について知る機会が少なかったということによると解釈できよう.

 しかし,たんに,そのような一般的な説明にとどまらず,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちというのは,あらゆる人権問題にたいして関心を閉ざした人たちでもあった.“知らない”のではなく,“知ろうとしてこなかった”のである.あらゆる人権問題に心を閉ざすような人たちだからこそ,パーソナリティなどの面でも一定の特徴をもつ人たちだったのだ.

 同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,学校での同和教育も社会啓発もほとんどまったく受けていない人たちである.そして,同和問題は自然に解消していくはずだという考えを強くもち,同和問題について知らない人にはわざわざ教えたりしないほうがよいといった“寝た子を起こすな論”の考えを強く抱いている.しかし,同和教育を受ける受けないは生徒の側が選べることではない――学校の教員の側が主体的にとりくむかどうかにかかっている――が,すくなくとも社会啓発にかんしては,たまたま受ける機会がなかったというのではなく,みずから避けてきた要素が強いと考えられる.

 したがって,同和問題について「ぜんぜん知らない」と回答した人たちは,社会啓発への参加意欲がきわめて少ない人たちであるけれども,社会啓発の最重要な対象者と考えて,なんとかして社会啓発の場に参加してもらわなければならない人たちである.行政・企業などで社会啓発を企画する担当者に問われている大きな課題であろう.

 

 以上の,データ解析を踏まえたわれわれの解釈が一定の妥当性をもっていることを再確認するために,いま一度,「同和問題の認知度」の形成にたいして,「性別」「年齢」「学歴」「同和教育経験」「社会啓発経験」の諸要因がそれぞれどの程度の影響力を及ぼしているかを,重回帰分析によってみておこう.24がその結果である.

 

24 同和問題認知度に対する諸要因の影響力の強さ

 


要因    相関係数  ベータ係数

―――――――――――――――――

性別      .125    .081 **

年齢     -.135    -.220 **

学歴     -.156    -.160 **

同和教育経験  .225    .147 **

社会啓発経験  .402    .308 **

―――――――――――――――――

* p ? .05 で,** p ? .01 で有意 N = 1508 R2 = .221

 

 「性別」「年齢」「学歴」「同和教育経験」「社会啓発経験」の要因すべてが, 「同和問題の認知度」にたいして統計的に有意な影響力があることが示されているけれども,とりわけベータ係数が大きな絶対値を示しているのは,まず「社会啓発経験」(β= .308)であり,ついで「年齢」(β= -.220)である.それらに比べて,「同和教育経験」(β= .147)は,それほど大きな影響力は示していない.

 つまり,一般的状況として,今日の若い人たちは同和問題を知らずに育つことが多くなってはいる.しかし,“知らない”まま一定の年齢に達するかどうかは,学校での「同和教育」という受動的に学ぶ機会を与えられたかいなかという要因によってよりも,「社会啓発」というみずから主体的に参加することを選びうる場面に自分の身をおいたかどうかによる側面がはるかに大きいことが,はっきりと示されていよう.

 本稿での分析によって確証されたことは,(1) 同和問題に「無知・無関心」であることは,かならずしも,「差別する可能性」と無縁であるとは言えないこと,むしろ,同和問題について関心をもち,知識をもつ人たちのほうが,「差別する可能性」が少ないということ,(2) 同和問題に「無知」であることは,かならずしも,たまたま知る機会がなかったという偶発的条件によるものとは言いがたいということ,この2点である.したがって,学校同和教育も社会啓発も同和問題に「無知・無関心」な人びとをなくすために,よりいっそう精力的に展開されなければならないのである.

 

[注]

 1) この意識調査は,S市,K町,D町が社団法人千葉県人権啓発センターに委託したものである.調査対象者は各市町在住の20歳以上の男女であり,住民基本台帳からの無作為抽出により3市町で合計3,900人に調査票を郵送した.回収サンプル数は1,875(回収率48.1%)であった.調査実施期間は,S市とD町が1998820日から910日まで,K町が91日から30日まで.なお,この3市町はどちらかといえば農村部に位置し,相互に隣接している.――本稿は,『人権問題に関する住民意識調査報告書 1998年度』所収の「『同和問題は知らない』という回答について」(千葉県人権啓発センター 1999:159-76)をもとにして再分析をおこなったものである.

 2) 性別には,男性に1,女性に2という点数を与えた.年齢には,20代に130代に240代に350代に460代に570以上に6という点数を与えた.学歴には,義務教育卒に1,高校卒に2,短大等卒に3,大学・大学院卒に4という点数を与えた.居住歴には,現在の市町に「生まれてからずっと」に1,「20年以上」に2,「10年以上20年未満」に3,「5年以上10年未満」に4,「5年未満」に5という点数を与えた.同和問題認知度については,本文中で述べたとおりである.

 なお,「表4 同和問題認知度に対する諸要因の影響力の強さ」では,「学歴」と「年齢」の要因がかなり大きなベータ係数の絶対値を示しており,ゼロ次の相関係数の絶対値よりも顕著に大きな数値を示している.これは,年齢の高い者ほど学歴が低い傾向にあるという逆相関の関係(r = .474)のために,ゼロ次のレベルでは「学歴」と「年齢」の要因それぞれの影響力が実際よりも弱くあらわれていたためだと考えられる.

 3) この尺度を「身近に感じられやすい人権問題群への関心度」と名づけた理由については,千葉県人権啓発センター(1999:18-24)を参照されたい.

 4) この尺度を「ひとごとと感じられやすい人権問題群への関心度」と名づけた理由についても,千葉県人権啓発センター(1999:18-24)を参照されたい.

 5) 「反差別的な考え」とは,「部落差別をなくすためには,まず自分がこの問題に積極的になる必要がある」「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」「同和問題の解決には,教育や啓発がなによりも大切だ」「部落差別を受けた人のくやしさは,とても人ごととは思えない」「同和地区には,人としての思いやりがある人が多い」の5項目について,1「そう思う」,2「どちらかといえばそう思う」,3「どちらかといえばそう思わない」,4「そう思わない」の4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .666であった.

 6) 「逆差別論」とは,「同和問題だけを強調して他の人権問題をおろそかにするのはよくない」「行政が同和地区の人にだけ特別な施策をするのは不公平だ」の2項目について,やはり4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .568であった.

 7) 「同和地区にたいするマイナスイメージ」とは,「同和地区の人は,かわいそうだ」「同和地区というと,暗いイメージがある」「同和地区は,こわいところだ」「同和地区に生まれないでよかった」の4項目について,やはり4段階の回答選択肢でもって尋ねた設問への回答結果を単純加算して構成した多重指標である.この尺度の信頼性をあらわすα係数は .684であった.

 

[文献]

千葉県人権啓発センター,1998,『人権問題に関する住民意識調査報告書 1997年度』.

――――,1999,『人権問題に関する住民意識調査報告書 1998年度』.

福岡安則,1985,「無知は差別しないことを保証しない」福岡安則『現代社会の差別意識』明石書店,109-24

――――,1998,「同和教育・社会啓発の経験と効果――千葉県内3市町住民意識調査から」『埼玉大学紀要』34(1):17-28