「マイノリティ問題研究会」
1998年4月報告.第
71回日本社会学会大会「差別・マイノリティ1」部会報告,1998.11.22.『埼玉大学紀要』
34(1):17-28, 1998.
同和教育・社会啓発の経験と効果
――千葉県内
3市町住民意識調査から――福岡安則
The Effects of Anti-Discrimination Education in Schools and Society:
A Quantitative Survey of Citizens in Three Municipalities in Chiba
Yasunori FUKUOKA
1
厳存する結婚差別
私は,大学の「社会調査法」の調査実習で,毎年,
1泊2日の日程で学生たちと被差別部落を訪ね,聞き取りをさせてもらっている.以下は,栃木県佐野市内のある被差別部落在住のFK(1949年生,女性,聞き取り時点〔1996年6月15日〕で46歳)の語りの一部である.FK自身は,部落出身ではない.栃木県内の別の町に生まれ育ち,成長するまで部落問題についてほとんど知らない状態であった.しかし,ある男性との結婚を望んだとき,親きょうだい,親戚中から,執拗な反対を受けた.理由は,「方角が悪い」「年回りが悪いから,絶対ダメだ」というものであった.「駆け落ち」し,「勘当」されて,一緒になった.FKが18歳,夫が23歳のときである.
住み着いた佐野市内の地区が「部落」であることを
FKが知ったのは,子どもを出産する前日であった.夫が,涙ながらに,「じつは,うちは部落なんだ」と打ち明けたのだ.「生まれてくる子どもが,結婚するときに,また反対されたらどうする?」と夫が言い,「私みたいな人をもらうか,そういう人のところへ嫁に行けばいいじゃない」とFKが答えている.FKの語りがつづく.
FK
せがれが結婚差別にあったんですよ,一昨年なんですけど.やっぱり,あの,部落って……〔涙声で詰まりながら〕聞き手 いま,息子さんはおいくつなんですか?
FK
うちの子は,27歳.せがれは,ガソリンスタンドへ勤めに行ってたんですよ.そこに事務員として来てた娘さんと交際が始まった.で,お互いに,もう,よくなって,ずっとお付き合い.相手のお父さん,お母さんも,うちのせがれを気にいって,いずれ結婚っていう話だったんです.あるとき,「むこうの両親が,念のために
F家を調べるよ,って.いいよ,って,おれ言ったけど,べつに問題はないだんべぇ」って,私,せがれに言われたんですよ.ドキってしちゃったのね.うちのだんなとおばちゃん〔=姑〕に,「子どもには,絶対,言っちゃダメだ」って言われてたから,私は自分の子に言ってなかったわけ.で,案の定,調べたんですよ.うちが部落だってわかった.そしたら,手のひらを返して,「部落の人じゃダメだ」と.
うちのせがれが,彼女のうちから電話をかけてきたんですよ.「お母さん,うちは部落なんけ?」って.夜,帰ってくるなり,「なんで,お母さんは,お父さんと結婚したんだ.むこうの親が調べたら,お母さんは部落じゃないって.だから,お母さんがお父さんと結婚しなければ,おれは生まれなかったから,こんな思い,しなくてすんだ.部落ってのは,同じお膳には座れない.人から二歩も三歩もさがって歩いていかなくちゃなんない.そういう身分だっていうことを,いま,聞いてきた.なんで,おれを生んだんだ」って.
聞き手 つらい体験でしたね.
FK
それまで,一日として仕事を休んだことがない子だったの.でも,その日から,うちから出ないんですよ.もう,悩んじゃって.あの子が自殺するんじゃないかって…….私も一気に夢がくずれちゃったでしょ.相手の親は,一回は認めたんですって.うちの子が部落でも,おれたちが気にいった子だから,いいだろう,と.したら,お姉さんの婿さんになってる人が,「おれは,身内にそういうのがいると,出世の妨げになるから,絶対許さない.もし,ふたりのことを許すんだったら,おれは別れる」と言ったんですって.そうなれば,どっちを取るかってば,うちの子のほうは日も浅いですし,やっぱり,そっちのほうがかわいくなるじゃない.だから,結局,別れるという話になった,って.
うちの子は,1か月たって…….仕事は変えたけどね,「もう,あそこには行けない」って.立ち直ってくれたけど.ただ,「おれは,もう,二度と結婚はしない」って.いまもそういう気持ちでいる.
2
同和教育・社会啓発をめぐる住民意識調査
私は,千葉県内の
M市,N市,S町が1997年度に社団法人千葉県人権啓発センターに委託した「人権問題に関する住民意識調査」を担当する機会にめぐまれた1).被差別部落の人びとが語る差別の現実,大学の授業「現代社会論(差別問題の社会学)」の受講生によって書かれたレポートに見られる若者たちの差別問題をめぐる意識の現状(福岡 1992:9-39),そして,行政や企業に呼ばれて私自身がおこなってきた部落問題にかんする啓発講座の講師としての体験をふまえて,私は,調査の基本的なねらいを,〈同和教育および社会啓発が人びとの意識に及ぼす効果の測定〉におくことにした2).より具体的には,(1) 大多数の人びとの意識の表層を“差別はいけない”というタテマエ的な規範が覆っている.(2) にもかかわらず,多くの人びとの内面意識においては“差別する可能性”が潜んでいる.(3) 学生たちのレポートを読むかぎり,同和教育を受けたことがある者でも,その経験がかならずしも人権意識の高揚をもたらしているとは言いがたい.これらの問題点を,計量的に実証しておきたい,と考えた.
調査対象者は,M市,N市,S町の20歳以上の男女であり,住民基本台帳からの無作為抽出により,3市町で合計6,700人に調査票を郵送した.該当者不明のため返送されてきたものが35通あり,有効回収サンプル数は3,015(有効回収率45.2%)であった3).調査実施期間は,1997年7月10日から30日までである.
3
結婚差別を支える意識の構造
調査設計の前提として,われわれは,同和教育ならびに社会啓発の主たる課題を,“差別をしない”人間を育てること,に置くことにした
4).そのために,まず,具体的な問題場面で本人自身が差別に加担するかしないかを問う設問として,以下の,結婚問題にかかわる質問文を用意した.
独身者にたいしては,「もし仮に,恋愛をし,結婚をしようと思っている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどうすると思いますか」と尋ね,
4段階の選択肢を提示した.回答の結果は,「相手の出身など,まったく問題にしない」47.8%,「迷いながらも,結局は結婚の意志を変えないだろう」36.4%,「迷った末,結局は考え直すだろう」11.6%,「考え直す」4.2%であった.この設問への回答者は,独身者ということで,20代,30代,とりわけ20代に集中していたが,「まったく問題にしない」と答えた者が,回答者5)の過半数に達しなかったことには,注目しておきたい.非独身者にたいしては,「もし仮に,あなたのお子さんやお孫さん
(おられない場合も,いると仮定して) が恋愛をし,結婚したいといっている相手が同和地区の出身だとわかったとします.その場合,あなたならどんな態度をとると思いますか」と尋ね,やはり,4段階の選択肢を提示した.回答の結果は,「相手の出身など,まったく問題にしない」29.8%,「迷いながらも,結局は本人の意志を尊重するだろう」51.7%,「迷った末,結局は考え直すように言うだろう」14.2%,「考え直すように強く言う」4.3%であった.この設問への回答者(N = 1991)は,前問に比べより高齢層が中心になるが,「まったく問題にしない」と答えた者がほぼ3割にすぎなかったことにも,注目しておきたい.このような「結婚問題への態度」を被説明変数としたとき,どのような心的諸要因がその態度に影響を与えているであろうか.われわれは説明変数として以下のものを考えた
6).
性別,年齢,学歴
コントロール要因として導入.「性別」は,男性に
1,女性に2という点数を与えた.「年齢」は,20代に1,30代に2,40代に3,50代に4,60代に5,70以上に6という点数を与えた.「学歴」は,義務教育卒学歴に1,高校卒学歴に2,短大等卒学歴に3,大学・大学院卒学歴に4という点数を与えた.
同和問題の知識度
同和問題にかかわる「同和対策事業」「同和対策審議会答申」「部落地名総鑑事件」「水平社宣言」「狭山事件」「地域改善対策協議会」の
6つの事柄について,「どの程度知っていますか」と尋ね,これら6項目への回答結果でもって,「同和問題の知識度」の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は6,最大値は24.数値が小さいほど「同和問題の知識度」が高いことを示す.回答者全体の平均値は19.86であり,「同和問題の知識度」がきわめて低い者が多数を占めることが確認された.
ホンネ意識
「人権や差別問題については,タテマエとホンネが一致しないのはやむをえない」「人を差別する気持ちは,人間の本能のようなものだ」「人権ばかり強調し,他の問題をおろそかにするのはよくない」の
3つの考え方への共感度を尋ね,これら3項目への回答結果でもって,「人権問題をめぐるホンネとしての差別容認意識」(以下「ホンネ意識」)の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は3,最大値は12.数値が小さいほど「ホンネ意識」が強いことを示す.回答者全体の平均値は7.01であった.
タテマエ意識
「皆が人権の大切さを自覚するようになれば,差別はなくなる」「これからの世の中では,人権が最も大切にされなければならない」「どんな理由があっても,差別はいけない」の
3つの考え方への共感度を尋ね,これら3項目への回答結果でもって,「人権問題をめぐるタテマエとしての人権尊重意識」(以下「タテマエ意識」)の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は3,最大値は12.数値が小さいほど「タテマエ意識」が強いことを示す.回答者全体の平均値は4.85であり,「タテマエ意識」が強い者が多数を占めることが確認された.
マイナスイメージ
同和地区というと,暗いイメージがある」「同和地区に生まれないでよかった」「同和地区の人はかわいそうだ」
7)「同和地区はこわいところだ」の4つの感じへの共感度を尋ね,これら4項目への回答結果でもって,「同和地区にたいするマイナスイメージ」(以下「マイナスイメージ」)の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は4,最大値は16.数値が小さいほど「マイナスイメージ」が強いことを示す.回答者全体の平均値は9.73であった.
反差別的な考え
「部落差別を受けた人のくやしさは,とても人ごととは思えない」「同和地区には,人としての思いやりがある人が多い」「同和地区の人が差別撤廃の運動に立ち上がるのは,当然のことだ」「部落差別をなくすためには,まず自分がこの問題に積極的になる必要がある」「同和問題の解決には,教育や啓発がなによりも大切だ」の
5つの意見への共感度を尋ね,これら5項目への回答結果でもって,被差別者への共感と問題解決のための取り組みへの支持をあらわす「反差別的な考え」の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は5,最大値は20.数値が小さいほど「反差別的な考え」が強いことを示す.回答者全体の平均値は10.60であった.
差別解消論
「同和問題は,そっとしておけば自然になくなる」「部落差別は,もうなくなってきている」の
2つの意見への共感度を尋ね,これら2項目への回答結果でもって,部落差別は自然に解消していくと考える「差別解消論」の尺度を構成した8).4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は2,最大値は8.数値が小さいほど「差別解消」の考えが強いことを示す.回答者全体の平均値は5.03であった.
逆差別論
「同和問題だけを強調して他の人権問題をおろそかにするのは,よくない」「行政が同和地区の人にだけ特別な施策をするのは不公平だ」の
2つの意見への共感度を尋ね,これら2項目への回答結果でもって,同和地区住民だけが特別扱いを受けるのは不公平であると考える「逆差別論」の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は2,最大値は8.数値が小さいほど「逆差別」の考えが強いことを示す.回答者全体の平均値は3.87であり,「逆差別」の考えをもつ者が多数を占めることが確認された.
同調主義
服装や好みがまわりの人と違うと,不安になる」「何かをするとき,まわりの目を気にする方だ」「自分の容姿や学歴などに,劣等感を持っている」「自分の能力に自信がない」「人のうわさを信じやすい方だ」の
5つの自己像への同意度を尋ね,これら5項目への回答結果でもって,自分自身の考えよりもまわりの意向を気にする「同調主義」の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は5,最大値は20.値が小さいほど「同調主義」が強いことを示す.回答者全体の平均値は14.50であった.
伝統主義
「家や地域のしきたりは,大切にしたいと思っている」「目上の人のいうことには,すなおに従う方だ」の
2つの自己像への同意度を尋ね,これら2項目への回答結果でもって,自分自身の考えよりもしきたりや権威に依存する「権威主義的伝統主義」(以下「伝統主義」)の尺度を構成した9).4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は2,最大値は8.値が小さいほど「伝統主義」が強いことを示す.回答者全体の平均値は4.72であった.
自律主義
「自分のことは,なんでも自分で決める方だ」「自分の家は旧家だとかいって自慢することは,くだらないと思う」「たとえ仲間はずれにされても,自分の考えを曲げる気はない」「占いや心霊現象などは信じない」の
4つの自己像への同意度を尋ね,これら4項目への回答結果でもって,外在的な基準に依拠することなく自分自身の考えを大事にする「自律主義」の尺度を構成した.4点尺度の回答結果をそのまま単純加算したので,最小値は4,最大値は16.値が小さいほど「自律主義」が強いことを示す.回答者全体の平均値は8.65であった.
表
1は独身者の,表2は非独身者の,「結婚問題への態度」の形成にたいして,他の基本的な心的諸要因がどの程度の影響力をもっているかを,重回帰分析によって示したものである10).
表
1 独身者の「結婚問題への態度」に対する諸要因の影響力の強さ要因 ベータ係数
性別
.166 **年齢
.091学歴
.006同和問題の知識度
-.075ホンネ意識
-.191 **タテマエ意識
-.029マイナスイメージ
-.348 **反差別的な考え
.147 **差別解消論
.164 **逆差別論
-.036同調主義
-.042伝統主義
-.071自律主義
.128 ****
は p < .01で有意 * は p < .05で有意N
= 389 R2 = .311(回帰式の有意性は F (13, 375) = 13.04, p < .0001)
表
2 非独身者の「結婚問題への態度」に対する諸要因の影響力の強さ要因 ベータ係数
性別
.072 *年齢
.155 **学歴
.037同和問題の知識度
-.028ホンネ意識
-.120 **タテマエ意識
.016マイナスイメージ
-.378 **反差別的な考え
.221 **差別解消論
.126 **逆差別論
-.029同調主義
-.085 **伝統主義
-.045自律主義
.072 ****
は p < .01で有意 * は p < .05で有意N
= 1100 R2 = .267(回帰式の有意性は F (13, 1086) = 30.37, p < .0001)
導入した説明要因のなかで,他の要因に抜きんでてベータ係数がもっとも大きな絶対値を示しているのは,「マイナスイメージ」の変数(独身者でβ
= -.348,非独身者でβ= -.378)である.すなわち,同和地区に対する「マイナスイメージ」を強くもつかいなかが,同和地区出身者との結婚を忌避しようとする態度にもっとも強い影響を与えている.ついでベータ係数の絶対値がある程度大きいのは,「反差別的な考え」(独身者でβ
= .147,非独身者でβ= .221),「ホンネ意識」(独身者でβ= -.191,非独身者でβ= -.120),および「差別解消論」(独身者でβ= .164,非独身者でβ= .126)の各変数である.すなわち,「マイナスイメージ」の要因ほど大きな影響力はもたないが,反差別的な考えを内面化している者ほど,結婚問題でも差別的な態度をとらない,と言える.逆に,ホンネレベルで差別を容認している者ほど,結婚問題でも差別的な態度をとる,と言える.
一方,部落差別はもう自然になくなってきていると考えている人ほど,結婚問題において差別的な態度をとらない.このことは,ある意味でうなずけることである.現実には,いまだにある差別を見ていない現状認識のあまい考え方ではあるが,当人としては,もはやそういう問題は存在しないと思っているのだから,ことさら差別的な態度をとることはないわけである.ただし,このような意識の涵養が,同和教育・社会啓発の課題とならないことは,言うまでもあるまい.
導入した説明要因のなかでは,これ以外には,ベータ係数の絶対値がそれほど大きなものは見当たらない
11).しいてあげれば,「自律主義」の変数であろう.独身者の場合にはベータ係数が .128である.この変数の影響力はさほど強くはないが,外在的な基準に左右されることなく自分自身の考えを大事にする人ほど,結婚問題において差別的な態度はとらない,と言える.なお,「同和問題の知識度」の変数も「タテマエ意識」の変数も,「結婚問題への態度」に統計的に有意な影響を与えていないことが確認された.
4
同和教育・社会啓発の経験と効果
以上の分析をふまえ,これまでの同和教育・社会啓発が,
(1) 同和地区にたいする「マイナスイメージ」を払拭する効果を発揮しえているかどうか,(2)「反差別的な考え」を強める効果を発揮しえているかどうか,(3)「ホンネ意識」を除去する効果を発揮しえているかどうか,をめぐって分析をおこなう.また,これまでの同和教育・社会啓発が,
(4)「タテマエ意識」を植え付けるだけという,無駄な営為に終わっていないかどうか,(5)「同和問題の知識度」を増やすだけという,これまた,無駄な営為に終わっていないかどうか,をめぐって分析をおこなう.
同和教育の経験と効果
同和教育を受けたことがあるかの問いにたいして,非該当と無回答を除いた回答者(
N = 2458)のうち,「何度も受けた」と答えた者6.5%,「少しは受けた」と答えた者29.7%,「受けたことはない」と答えた者63.8%であった.なお,千葉県での同和教育は今日でも一部の学校でしかなされていないが,その取り組みがはじまったのはそれほど古いことではないので,同和教育の受講経験者は20代,30代に集中している.この同和教育の効果を見るために,「マイナスイメージ」「反差別的な考え」「ホンネ意識」「タテマエ意識」「同和問題の知識度」の各変数の値をそれぞれ従属変数とし,「同和教育経験」を要因とする,一元配置の分散分析を適用した.その結果,「反差別的な考え」「ホンネ意識」「タテマエ意識」の各変数にたいしては統計的に有意な差は検出されなかった.「マイナスイメージ」「同和問題の知識度」の各変数にたいしては統計的に有意な差が検出されたけれども,共分散分析を適用することにより“見かけ上の効果”にすぎないかどうかを調べたところ,「同和教育経験」要因の主効果が統計的に有意であったのは,「同和問題の知識度」の変数にたいしてのみであった
12).「同和問題の知識度」の同和教育経験度別分散分析および多重比較検定の結果(表
3)によれば,同和教育を「何度も受けた」者は,「少しは受けた」者および「受けたことはない」者に比べて,それほど著しい差とまでは言えないが,「同和問題の知識度」が有意に高くなっている.
表
3 「同和問題の知識度」の同和教育経験度別分散分析経験度 回答数 平均値
何度も受けた
150 18.05少しは受けた
635 19.82受けたことはない
1258 19.51全体
2043 19.50
要するに,統計的分析の結果としては,同和教育経験は,「何度も」受けた場合にはじめて,「同和問題の知識度」を増やすという点でのみ効果を発揮しているにすぎない.もっとも肝心な「マイナスイメージ」の払拭という点では,有意な効果を発揮しえていない.したがって,“差別をしない”人間を育てるという同和教育の課題は達成しえていない,と本調査結果からは結論づけざるをえない.
社会啓発の経験と効果
社会啓発を受けたことがあるかの問いにたいして,非該当と無回答を除いた回答者(
N = 2441)のうち,「10回以上」受けたと答えた者2.7%,「5~9回」と答えた者3.2%,「2~4回」と答えた者13.5%,「1回」と答えた者8.7%,「1回もない」と答えた者71.9%であった.この社会啓発の効果を見るために,同和教育の場合と同様にして,「社会啓発経験」を要因とする,一元配置の分散分析を適用した.その結果,「反差別的な考え」「ホンネ意識」「タテマエ意識」の各変数にたいしては統計的に有意な差は検出されず,「マイナスイメージ」「同和問題の知識度」の各変数にたいしては統計的に有意な差が検出された.さらに,共分散分析を適用したところ,「マイナスイメージ」「同和問題の知識度」の各変数にたいして,「社会啓発経験」要因の主効果が統計的に有意であることが認められた
13).「マイナスイメージ」の社会啓発経験度別分散分析および多重比較検定の結果(表
4)によれば,社会啓発を「10回以上」受けた者は,受けた回数がそれ以下の者および受けたことのない者に比べて,同和地区に対する「マイナスイメージ」の度合いが有意に低くなっている.
表
4 「マイナスイメージ」の社会啓発経験度別分散分析経験度 回答数 平均値
10
回以上 53 11.755~9
回 68 10.102~4
回 258 9.781
回 170 9.78なし
1424 9.61全体
1973 9.72
「同和問題の知識度」の社会啓発経験度別分散分析および多重比較検定の結果(表
5)によれば,社会啓発を受けた回数が多ければ多いほど,「同和問題の知識度」が有意に増加している.
表
5 「同和問題の知識度」の社会啓発経験度別分散分析経験度 回答数 平均値
10
回以上 59 14.145~9
回 70 17.102~4
回 269 18.031
回 167 19.02なし
1464 20.13全体
2029 19.48
要するに,統計的分析の結果としては,社会啓発経験は,受けた回数が多くなるに比例して「同和問題の知識度」を増やすという効果が認められる.同時に,「
10回以上」という頻繁に受けた場合にのみ,もっとも肝心な「マイナスイメージ」の払拭という点でも効果を発揮しえている.したがって,“差別をしない”人間を育てるという社会啓発の課題は頻繁に受講した場合にのみ達成可能である,と本調査結果からは結論づけることができる.では,どのような形態の社会啓発が「マイナスイメージ」の払拭という点での効果を発揮しえているであろうか.
「マイナスイメージ」を従属変数とし,「映画,ビデオの上映」「大学の先生や専門家・文化人,宗教家などの話」「行政の人の話」「学校の校長や先生の話」「企業や団体の責任者,啓発担当者の話」「同和地区の人や差別の当事者の話」「グループ討議」「現地視察や同和地区での懇談」を独立変数として,社会啓発への参加経験のある者のうちで,それぞれの形態の社会啓発への参加の有無による平均値を比較したところ,統計的に有意な差が認められたのは,「企業や団体の責任者,啓発担当者の話」「同和地区の人や差別の当事者の話」の
2つの形態のみであった.ただし,「同和地区の人や差別の当事者の話」の場合には,参加経験のある者のほうが「マイナスイメージ」が有意に弱くなっているが(表6,p < .01),「企業や団体の責任者,啓発担当者の話」の場合には,参加経験のある者のほうが「マイナスイメージ」が有意に強まるという逆効果を示していた(表7,p < .01).
表
6 「マイナスイメージ」の「同和地区の人の話」の啓発参加経験別比較参加経験 回答数 平均値
あり
109 10.88なし
493 9.83全体
602 10.02
表
7 「マイナスイメージ」の「企業・団体の責任者・担当者の話」の啓発参加経験別比較参加経験 回答数 平均値
あり
136 9.45なし
466 10.19全体
602 10.02
「マイナスイメージ」の払拭という点で,「同和地区の人や差別の当事者の話」の場合には正の効果が認められ,「企業や団体の責任者,啓発担当者の話」の場合には逆効果が認められた.そこで,それぞれの形態の社会啓発に参加した者は,どのような印象を受けているのであろうか.
5%水準で統計的に有意であった特徴を取り出せば,次のとおりである.「同和地区の人や差別の当事者の話」の啓発参加者は,それ以外の形態の社会啓発にのみ参加したことのある者に比べて,相対的により「わかりやすい」「講師や主催者の熱意を感じる」「人権の大切さがよくわかる」「差別をなくそうという気持ちが強まる」「具体的にどうすればよいのかわかる」「人権や差別の問題が身近に感じられる」「自分と関係がある」という印象を受けている.それにたいして,「企業や団体の責任者,啓発担当者の話」の場合には,相対的により「講師や主催者の熱意を感じない」「人権や差別の問題が身近に感じられない」という印象を受けている.
5
同和教育・社会啓発のこれから
千葉県内の
M市,N市,S町の住民を対象にした意識調査の結果として,多くの知見が得られた.データ解析の結果を,できるだけ日常言語に翻訳すること,そして,調査結果をふまえた具体的な提言をすることをもって,まとめに代えたい14).(1)
同和教育・社会啓発の目的は,“差別をなくす”勇ましい人間をつくることではない.“差別をしない”人間をつくればいい.このような前提にたって,同和教育・社会啓発の課題を,「結婚問題」で差別的な態度をとらない人間の育成においた.(2)
調査データによれば,同和地区に対する「マイナスイメージ」が,「結婚問題」で差別的な態度を取らせる最大の要因であった.同和教育・社会啓発の具体的な課題は,「マイナスイメージ」をどう取り除くか,に置かれなければならない.(3)
「同和問題」についてものしりになることは,差別をしないこととは関係のないことが明らかになった.「同和問題についての知識」の量を増やすだけの同和教育・社会啓発であれば,それは無駄な営みにすぎない.(4)
「タテマエ」としての“差別はいけない”という気持ちもまた,差別しないこととかかわりのないことであることが,明らかとなった.しかも,同和教育・社会啓発を受けようと受けまいと,大多数の人々が,「タテマエ」として“差別はいけない”ということを知っている.したがって,同和教育・社会啓発の場面で,たんに“差別はいけません”というメッセージを送ることは,以上の理由から,二重の意味で,無益な営みにすぎない.(5)
以上の判断基準に照らしたとき,これまでの同和教育は,「同和問題についての知識」を増やすという点でのみ若干の効果を発揮しているにすぎず,肝心の「マイナスイメージ」の払拭には役立っていない.総じて,これまでの同和教育は無益な営みにすぎなかったと言えよう15).(6)
それにたいして,これまでの社会啓発は,「同和問題についての知識」を増やすという点で着実な効果を発揮しているだけでなく,頻繁に受講した場合には,「マイナスイメージ」の払拭という点でも効果をあげている.少しだけ社会啓発を受けただけでは,なんの効果もなくても,たくさん受けた場合には,顕著な効果が見られる.社会啓発をやるからには,徹底してやることに意味がある.少しだけの,中途半端な,おざなりな,社会啓発では,無意味である.しかも,たんに社会啓発の頻度を増やせばいいというものではない.“熱意を欠いた”“タニンゴトの”社会啓発であれば,かえって逆効果になる,ということがありうる.
[註]
1)
私がこの調査を担当することになったのは,私が同センターの副理事長の任にあったことによる.調査の実施にあたっては,鐘ケ江晴彦氏 (専修大学) の全面的な協力を得た.なお,データ解析に際しては,高木英至氏 (埼玉大学) と金明秀氏 (光華女子大学) の教示を受けた.記して感謝したい.ただし,本稿の文責がもっぱら福岡安則にあることは言うまでもない.2)
以下,高校までに学校でおこなわれる同和問題を中心とした人権問題・差別問題にかんする教育を「同和教育」と表現し,学校教育以外の場で,主に行政や企業の主催によっておこなわれる同和問題にかんする学習会,研修会や講演会を「社会啓発」と呼ぶ.3)
有効回収サンプル数の内訳は,M市1,329 (有効回収率44.5%),N市1,151 (46.4%),S町535 (44.6%) であった.サンプリングの問題点としては,3市町の抽出比率を一定にできなかったということがある.これは,行政からの委託調査ゆえに,各市町の住民の意識傾向を分析するために,相対的に人口の少ない自治体の場合にも,一定数のサンプルを確保せざるをえないという事情があったためである.ただし,
3市町はそれぞれ特徴のある自治体なので,3市町の住民のサンプルを総合して分析したほうが,より一般性のある結果を得られると考えた.つまり,M市は,東京に隣接する都市化の進んだ市であり,県外出身者の比率が回答者の約4割を占める.市内に同和地区は存在しない.ただし,過去に部落問題にかかわる差別事件は起きている.N市は,千葉県北部に位置し,大きな地場産業をもち,地付きの者の占める割合が相対的に高い.S町は,千葉県中部に位置し,県内の他市町村からの来住者の占める割合が相対的に高い.N市とS町には,同和地区が存在する.なお,回収サンプルと住民基本台帳の年齢構成を比較すると,回収サンプルのほうが
20代の比率が若干低くなっている.また,性別構成では,回収サンプルのほうが男性の比率が若干低くなっている.しかし,これらの傾向は,郵送法による調査では一般的に見られることであり,やむをえないものであると考える.4)
同和教育にとりくむ個々の教師のなかには,“差別をなくす”人間を育てることを,その課題としている人もいるであろう.しかし,私の知るかぎり,全体的状況としては,とりわけ同和教育のとりくみが遅れている千葉県の状況を前提とするならば,そのような課題設定は非現実的であると考えた.5)
無回答・非該当を除く回答数は550.なお,非該当のなかには,この設問に先行する「あなたは,日本に『同和地区 (被差別部落)』と呼ばれる,差別を受けてきた地域があることをご存じですか」の問いに「知らない」と回答した者436名も含まれている (以下の分析においても同様).このような措置をとったのは,同和問題をまったく認知しない者には,この問題にかかわる具体的な設問に回答しようがないと判断したためである.ただし,同時に,そのような扱いは,部落問題を知らない人間は差別をしない,という暗黙の仮説を取り込んだことにもなり,問題がないわけではない.6)
われわれの分析モデルにおいて,「結婚問題への態度」を被説明変数に置いたのは,ひとつには,部落差別問題の究極の課題は,結婚差別がなくなることである,と言われている実践的理由による.いまひとつには,「結婚問題への態度」は,それ自体は態度であっても,将来の仮想的な事態にたいする反応を尋ねたものであり,その意味で行動の代用と考えられ,他の現在保持されている心的諸要因の影響を受けて示される反応であって,それらとは次元を異にすると考えられる,という理論的理由による.なお,説明変数として導入した各変数の,尺度としての信頼性をあらわすアルファ係数は,それぞれ次のとおりであった.「同和問題の知識度」
.767,「ホンネ意識」.512,「タテマエ意識」.617,「マイナスイメージ」.627,「反差別的な考え」.673,「差別解消論」.751,「逆差別論」.564,「同調主義」.721,「伝統主義」.520,「自律主義」.450.なかには,「自律主義」のように,アルファ係数の値が .450と低いものもあるが,ここでは試行的に分析に含めることとした.7)
田宮武は,主に近畿地方出身の大学生を対象とした自由記述を中心としたアンケートにより,同和教育の効果を検討している.田宮は,「差別される人はかわいそうだと思った」という記述を,「若干の疑問が残る」と断りながらも,同和教育を受けた結果「積極的な認識」を得たものと分類している(田宮 1997:31).しかし,われわれの計量的な分析によれば,被差別者を“かわいそう”とみる感覚が,マイノリティにたいするマイナスイメージを構成する一要素であることは,明らかである.ちなみに,「マイナスイメージ」の主成分分析の結果は以下のとおりである.
変数 共通性 因子負荷量
同和地区というと,暗いイメージがある
.644 .802同和地区に生まれないでよかった
.538 .734同和地区の人はかわいそうだ
.479 .692同和地区はこわいところだ
.373 .611
主成分 固有値 寄与率
1 2.03 50.9
8)
当初は,これら2項目に,「差別,差別というから,いつまでも部落差別がなくならないのだ」をも加えて,「寝た子を起こすな論」の尺度を構成するつもりであったが,この項目を加えるとアルファ係数が .751から .721に低下するので,この項目は削除するとともに,尺度の名称も「差別解消論」と名づけるのが妥当と考えた.9)
権威主義的伝統主義の尺度は,すでに一般的に確立されたものがあるが,調査票全体のスペースの制約上,質問項目数を多く取り入れることができなかった.他の尺度を構成する項目数が少ないものも,同様の理由による.10)
説明変数として導入した10の心的諸要因相互の相関は,45の組み合わせのうち38は相関係数の絶対値が .2未満であり,.2以上 .3未満のものが6,そして,相関係数が最大のもので,「タテマエ意識」と「反差別的な考え」の相関係数が .387であった.したがって,これら10の変数はほぼそれぞれ意識の別の側面を扱っているものと考えられる.なお,表
1および表2にかんして,先に各変数について説明したところで述べたとおり,被説明変数である「結婚問題への態度」は,値が小さいほど結婚問題で差別的な反応をしないということをあらわし,「性別」「年齢」「学歴」の基本属性を除いた10の説明変数は,すべて,値が小さいほどその心的要因が強いことをあらわしている.したがって,ベータ係数がプラスであれば,その心的要因が強ければ強いほど結婚問題で差別的な反応をしないように影響することを,逆に,ベータ係数がマイナスであれば,その心的要因が強ければ強いほど結婚問題で差別的な反応をするように影響することを意味する.また,表
1および表2において,コントロール要因として導入した「性別」「年齢」「学歴」の基本属性を除いた10の説明変数のうち,「同和問題の知識度」から「逆差別論」までの最初の7つは,直接に部落差別問題にかかわる心的諸要因であり,「同調主義」から「自律主義」までの最後の3つは,いわゆるパーソナリティ要因である.これら3つのパーソナリティ要因群を説明変数から除いた回帰モデルで計算しても,他の変数のベータ係数の符号や有意性は大勢では変化が見られなかった.11)
むしろ,コントロール要因として導入した変数のうち,「性別」(独身者でβ= .166,非独身者ではβ= .072) と「年齢」(独身者ではβ= .091,非独身者でβ= .155) が一定の影響力を示している.すなわち,性別にかんしては,男性に1,女性に2とコード化したので,独身者の場合にとりわけ,女性のほうが男性よりも,同和地区出身者との結婚を忌避しようとする傾向があることがうかがわれる.これは,日本社会がいまだに男性優位社会であるために,女性の社会的地位が結婚相手の男性の社会的地位によって規定されがちであるという社会現象を,女性たちがみずからの意識に内面化していることの反映ではないかと,私は解釈している.また,年齢にかんしては,20代に1,30代に2,40代に3,50代に4,60代に5,70以上に6とコード化したので,非独身者の場合,高齢者ほど,近親者の結婚問題で差別的な態度をとる傾向があることがうかがわれる.独身者の場合に,年齢の要因が有意な影響力を示さなかったのは,サンプルの年齢のばらつきが小さかったからであろう.12)
共分散分析によって,「社会啓発経験」「性別」「年齢」「学歴」をコントロールした結果,「同和教育経験」の要因の主効果が統計的に有意であったのは,「同和問題の知識度」の変数にたいしてのみであった (F (2, 1351) = 3.12, p < .05).13)
共分散分析によって,「同和教育経験」「性別」「年齢」「学歴」をコントロールした結果,「社会啓発経験」の要因の主効果が統計的に有意であったのは,「マイナスイメージ」(F (4, 1351) = 4.62, p < .01) と「同和問題の知識度」(F (4, 1351) = 24.91, p < .01) の2変数にたいしてであった14)
本調査データの分析によって明らかになったことというのは,あくまで,質問紙のなかで問いとして設定された限りでの,いわば“閉じられた世界”においてあてはまる諸命題である.本調査結果においては,「結婚問題への態度」に「マイナスイメージ」が最大の影響力を持つということが明らかになった.しかし,それ以外にも,たとえば,“差別する人間をどれだけ醜い存在だと感じることができるかどうか”ということも,ひとがみずから差別的にふるまうかどうかに大きくかかわっている,と思われる.とにかく,質問紙をより現実に即したものにあらためて,新たな調査を実施する必要がある.また,これは,意識調査ということに本質的に内在する制約であると思われるが,調査データからは,「結婚問題への態度」にたいしてほとんど影響力をもたなかった「同調主義」「伝統主義」「自律主義」といったパーソナリティ特性が,部落外の若者が現実に部落の若者と恋愛をして,いざ結婚となったときに,周囲の者たちから結婚反対の圧力がかかった場面では,ひじょうに大きな要因として作用する可能性を否定できない.質問紙調査のなかでは,具体的にそれらのパーソナリティ特性が差別問題とかかわってはいないのだ.これらの点については,具体的な取り組みをとおして蓄積された経験が指し示すことを,尊重するしかないように思われる.
15)
社会啓発には一定の効果が認められたのに,同和教育にはなんら意味ある効果が認められなかった.その原因を特定はできないが,関連のありそうなことがらをデータから抜き出しておきたい.ひとつには,同和教育を受けたことがあると回答した者の大部分が,中学校での経験であり,高校での経験がそれにつぐ.そして,大学・短大などでの経験者はきわめて少数でしかない.その意味で,同和教育を受けた時点と本調査とのあいだに時間の隔たりがあり,かりに受講時には一定の効果があってもそれが薄れた可能性があるかもしれない.いまひとつには,同和教育の形態としては,「クラスの先生の話,指導」が圧倒的大部分を占め,「映画,ビデオの上映」「副読本
(同和教育の教科書) を使っての授業」がそれにつづく.一方,社会啓発の場合には,「映画,ビデオの上映」がもっとも多い形態であり,「大学の先生や専門家・文化人,宗教者などの話」「行政の人の話」がそれにつづくが,全体的に多様な形態が取られている.要するに,同和教育の場合には,ほとんどすべてを教師自身が担当しているのにたいして,社会啓発の場合には,広い意味での専門家や被差別の当事者に講師を依頼している傾向がある.さらに,同和教育を受けての印象と社会啓発を受けての印象を比較したときに,社会啓発のほうが相対的に,「講師や主催者の熱意を感じる」「わかりやすい」「人権や差別の問題が身近に感じられる」「人権の大切さがよくわかる」「おもしろい」といった印象を与えている.このかぎり,同和教育が意味ある効果を発揮できないでいるのは,社会啓発に比べて同和教育が“おざなり”にしかおこなわれていないからではないか,と思われる.
しかし,本調査のサンプルは,同和教育の取り組みが遅れている千葉県内の
3市町の住民である.その意味で,これまでの同和教育の効果を全否定する見方を一般化することは,現時点では慎みたい.機会があれば,同和教育の取り組みが進んでいる関西の住民と,その取り組みが遅れている関東の住民の意識を比較できる大規模な数量的調査を実施してみたいと思う.
[文献]
福岡安則,
1992,『現代若者の差別する可能性』明石書店.田宮武,
1997,「元気が出る同和教育――大学生のアンケート調査にもとづいて」『関西大学人権問題研究室紀要』36:19-233.