(2001.2.2)

人権啓発のターゲット

――「人権問題に関する住民意識調査」から――

 

福岡安則

 

0 厳存する結婚差別

 

 私は,大学の「社会調査法」の調査実習で,毎年,学生たちと被差別部落を訪ね,聞き取りをさせてもらっている。以下は,1996年,栃木県佐野市内のある被差別部落在住のFKさん(1949年生)の語りの一部である。

 FKさん自身は部落出身ではない。栃木県内の別の町に生まれ育ち,成長するまで部落問題はほとんど知らなかった。しかし,ある男性との結婚を望んだとき,家族親戚中から執拗な反対を受けた。理由は「方角が悪い」「年回りが悪いから,絶対ダメだ」というものであった。「駆け落ち」し「勘当」されて,一緒になった。

 住み着いた佐野市内の地区が「部落」であることを彼女が知ったのは,子どもを出産する前日であった。夫が,涙ながらに,「じつは,うちは部落なんだ」と打ち明けたのだ。「生まれてくる子どもが,結婚するときに,また反対されたらどうする?」と夫が言い,「私みたいな人をもらうか,そういう人のところへ嫁に行けばいいじゃない」と彼女は答えた。

 FKさんの語りがつづく。

 

FK せがれが結婚差別にあったんですよ,一昨年なんですけど。やっぱり,あの,部落って……〔涙声で詰まりながら〕

聞き手 いま,息子さんはおいくつなんですか?

FK 27歳。せがれは,ガソリンスタンドへ勤めに行ってたんですよ。そこに事務員として来てた娘さんと交際が始まった。相手の両親もうちのせがれを気にいって,いずれ結婚っていう話だったんです。

 あるとき,「むこうの両親が,念のためにF家を調べるよ,って。いいよ,って,おれ言ったけど,べつに問題はないだんべぇ」って,私,せがれに言われたんですよ。ドキってしちゃったのね。うちのだんなとおばちゃん〔=姑〕に,「子どもには,絶対,言っちゃダメだ」って言われてたから,私は自分の子に言ってなかったわけ。

 で,案の定,調べたんですよ。うちが部落だってわかった。そしたら,手のひらを返して,「部落の人じゃダメだ」と。

 うちのせがれが,彼女のうちから電話をかけてきたんですよ。「お母さん,うちは部落なんけ?」って。夜,帰ってくるなり,「なんで,お母さんは,お父さんと結婚したんだ。むこうの親が調べたら,お母さんは部落じゃないって。だから,お母さんがお父さんと結婚しなければ,おれは生まれなかったから,こんな思い,しなくてすんだ。部落ってのは,同じお膳には座れない。人から2歩も3歩もさがって歩いていかなくちゃなんない。そういう身分だっていうことを,いま,聞いてきた。なんで,おれを生んだんだ」って。

聞き手 つらい体験でしたね。

FK それまで,一日として仕事を休んだことがない子だったの。でも,その日から,うちから出ないんですよ。もう,悩んじゃって。あの子が自殺するんじゃないかって……。私も一気に夢がくずれちゃったでしょ。

 相手の親は,一回は認めたんです。うちの子が部落でも,おれたちが気にいった子だからいいだろう,と。したら,お姉さんの婿さんになってる人が,「おれは,身内にそういうのがいると,出世の妨げになるから,絶対許さない。もし,ふたりのことを許すんだったら,おれは別れる」と言ったんですって。そうなれば,どっちを取るかってば,うちの子のほうは日も浅いですし,やっぱり,そっちのほうがかわいくなるじゃない。だから,結局,別れるという話になった,って。

 うちの子は,1ヶ月たって――仕事は変えたけどね,「もう,あそこには行けない」って――立ち直ってくれたけど。ただ,「おれは,もう,二度と結婚はしない」って。いまもそういう気持ちでいる。

 

1 住民意識調査

 

 千葉県人権啓発センターでは,1997年度には松戸市・酒々井町・野田市からの,1998年度には佐原市・神埼町・大栄町からの,そして,1999年度には君津市・関宿町・佐倉市からの委託をうけて,「人権問題に関する住民意識調査」を実施してきた。

 調査票の設計にあたってのわれわれの主たる関心事は,人権問題,とりわけ同和問題をめぐっての住民の意識のありようの問題点は何か,そして,今後「人権啓発」を進めていくうえでのターゲットは何か,住民の意識の変容をせまるうえで有効な「人権啓発」のスタイルはどんなものなのか,ということに,調査全体が収斂しうるように調査票を用意するということであった。

 なお,この報告では,「同和教育」ということばでもって,小学校から大学までの学校でとりくまれている同和問題に関する教育のことをさし,「人権啓発」ということばでもって,行政やPTA関係や企業が主催する同和問題に関する研修会や講演会のことをさす。

 ここでは,1999年度の調査結果にもとづいて報告をおこないたい。1999年度の君津市・関宿町・佐倉市の住民を対象とした調査は,住民基本台帳から20歳以上の男女を等間隔無作為抽出によって,全体で6,200票を抽出し,郵送法によって調査を実施したところ,2,770票の有効票を回収できたものである(有効回収率44.7%)。

 

2 「身近な人権問題」vs.「ひとごとの人権問題」

 

 人権問題には,さまざまな問題がある。しかし,人びとは,どの人権問題に対しても同様の関心のもち方をしているわけではない。調査の結果,人権問題への人びとの関心のありようは,「身近に感じられやすい人権問題」群と「ひとごとと感じられやすい人権問題」群に分かれた。

 

1 人権問題への関心度の因子分析

(主成分解のバリマックス回転後の因子負荷量)

================================== ==============================

  変数    共通性 因子1 因子2     因子 固有値 寄与率 累積寄与率

――――――――――――――――――――― ――――――――――――――――――

女性問題     .538 .274 .681      1  4.148  46.1   46.1

子どもの人権   .667 .140 .805      2  1.408  15.6   61.7

高齢者の人権   .671 .104 .813    ――――――――――――――――――

障害者問題    .616 .259 .741

同和問題     .599 .735 .242

アイヌ問題    .678 .812 .138

在日韓国・朝鮮人 .741 .846 .158

外国人労働者   .591 .745 .189

エイズ患者    .453 .514 .434

―――――――――――――――――――――

 

 ここで簡単に「因子分析」という分析方法について説明しておこう。かりに「英語」「数学」「国語」「理科」「社会」という科目で試験をおこなったとする。それぞれの科目の生徒の点数を「因子分析」にかけたところ,「英語」「国語」「社会」の成績が「因子1」に強いかかわりをもち,「数学」と「理科」の成績が「因子2」に強いかかわりをもつという結果がでたとする。このような結果がでたとき,われわれは5教科の試験をおこなったけれども,それはなにか1つの学力を計ったのではなく,2種類の学力を計ったのだと,考える。そして,われわれのもっている知識から,「因子1」というのは「文科系の学力」を表しており,「因子2」というのは「理科系の学力」を表しているのではないかと読み取る。――もちろん,これはひとつの解釈である。「因子1」と「因子2」がべつのものを表していると考えることもできないわけではない。いかなる解釈が妥当であるかは,みんなが納得できるかどうかによる。

 

 「身近に感じられやすい人権問題」とは,自分や自分の身近な人が現に当事者となっている,あるいは,将来当事者となる可能性があると考えられやすい問題群である。具体的には,「高齢者の人権問題」「子どもの人権問題」「障害者問題」「女性問題」といった問題である。これらの人権問題に対しては,人びとの関心度は高く,「高齢者の人権問題」「子どもの人権問題」「障害者問題」では7割台の人が,「女性問題」でも6割近くの人が“関心あり”(「とても関心がある」という回答と「かなり関心がある」という回答を足したもの)と回答している。

 しかし,「身近に感じられやすい人権問題」といえども,性別,年齢といったその人が置かれている条件いかんにかかわらず,一様に人びとが関心をよせるわけではなく,その問題で現に受苦的立場に置かれている,もしくは,置かれうるという意味での当事者のほうが,そうでない人びとよりも関心が高いという現実がみられる。「女性問題」でいえば,男性よりも女性のほうが関心度が高い。「子どもの人権問題」でも,男性よりも女性のほうが関心度が高い。また,20歳代の人の関心度が相対的に低かった。「高齢者の人権問題」では,高齢者ほど関心度が高かった,等々。

 いっぽう,「ひとごとと感じられやすい人権問題」とは,回答者の大多数にとって,自分や自分の身近な人が当事者となる可能性がほとんどないと考えられがちな問題群,その意味で「ひとごと」ですまされがちな問題群である。具体的には,「在日韓国・朝鮮人問題」「アイヌ問題」「外国人労働者問題」「同和問題(部落差別問題)」といった問題である。これらの人権問題に対しては,人びとの関心度は低く,“関心あり”と回答した人は「外国人労働者問題」で約4割,「在日韓国・朝鮮人問題」と「同和問題(部落差別問題)」で約3割,「アイヌ問題」では2割弱にすぎなかった。

 これまでよく“人権問題の学習は身近な問題から”と言われてきた。しかしながら,「身近な人権問題」群相互の関心度の相関は概してかなり高く,「ひとごとの人権問題」群相互の関心度の相関も概してかなり高いが,「身近な人権問題」群と「ひとごとの人権問題」群のあいだの関心度の相関はあまり高くはない。

 ようするに,教育・啓発で「身近な人権問題」を取り上げたからといって,そのことが直接「ひとごとの人権問題」への関心を高めることにはならない。したがって,「身近な人権問題」を取り上げているから,それで十分であり,とりたてて「ひとごとの人権問題」を教育・啓発の課題として取り上げる必要はない,という考え方は成り立たない。

 

3 本人よりも身内の「結婚問題」に“ためらう”

 

 私たちが被差別部落を訪ねて話を聞くと,いまだに結婚問題での差別が根強いことが語られる。この結婚問題をめぐっての人びとの意識は,どうなっているのであろうか。

 身内の人が同和地区の人と結婚しようとしたときどうするかとの問いに対して,「考え直すように説得する」もしくは「迷った末,結局は考え直すように言うだろう」と回答した人が全体の11.3%,「迷いながらも,結局は本人の意志を尊重するだろう」が57.4%,そして「相手の出身など,まったく問題にしない」と回答した人は31.3であった。

 いっぽう,自分自身が結婚しようとしたときに相手の人が同和地区の出身だとわかったときどうするかとの問いに対しては,「考え直す」もしくは「迷った末,結局は考え直すだろう」と回答した人が全体の16.4%,「迷いながらも,結局は結婚の意志を変えないだろう」が43.0%,そして「相手の出身など,まったく問題にしない」と回答した人は40.6であった。

 1997年度と1998年度の調査では,「身内の結婚問題」には非独身者だけに,「本人の結婚問題」には独身者だけに答えてもらっていたが,1999年度の調査では2つの問いとも全員に回答してもらった。その結果,「相手の出身など,まったく問題にしない」という回答が,「本人の結婚問題」のばあいには40.6%であるのに対して,「身内の結婚問題」では31.3%にすぎないという,この回答の差がそれ自体として意味をもつものであることが確認できた。

 つまり,自分自身の結婚相手が同和地区の人であっても「まったくかまわない」と考える人でも,身内の人の結婚問題であれば「迷い」や「ためらい」をおぼえる可能性のある人が少なからずいるということだ。

 

4 「同和地区の土地は買わない」「結婚で身元調査は当然」

 

 同和問題をめぐる人びとの差別的態度を調べるために,1999年度調査では,購入しようと思った土地が同和地区であることがわかったらどうするかという設問と,結婚に際して相手の家について身元調査をすることをどう思うかという設問を,あらたに導入した。

 マイホームを建てるために土地を探していたところ,希望条件に合致する割安な土地が見つかって,手付金も払った。だが,その土地が同和地区だとわかった。そのばあい,どうするか。――これが設問である。この問いに対して,「土地の購入をキャンセルする」もしくは「たぶんキャンセルする」と回答した人が,全体の47.3%であった。

 家族に結婚の話がもちあがったところ,親戚の人から,「これから長いおつきあいをすることになるのだから,相手の家について,念のために調べたほうがいいよ」と,身元調査を勧められた。そのばあい,どうするか。――これがもうひとつの設問である。この問いに対して,「もっともだと身元調査に同意する」もしくは「たぶん同意する」と回答した人が,全体の48.7%であった。

 「同和地区の土地は買わない」という回答も,「結婚で身元調査は当然」という回答も,それぞれおよそ半数近くあったというのは,おそるべき結果だ。

 

5 偏見の伝達 vs. 教育・啓発

 

 “同和問題などいまさら教えるべきではない”という意見をしばしば耳にする。ほんとうにそうだろうか。ここでは,「同和問題の認知経路」と「同和地区に対するイメージ」との関係について見ておきたい。

 表2は,「もっとも印象が強かった」と回答された「同和問題の認知経路」ごとの「同和地区に対する異質視」(後述)の平均値を示したものである(平均値がマイナスで絶対値が大きいものほど,そのイメージが強いことを示す)。

 

2 認知経路と「異質視」

=====================================

経路         回答数 平均値

―――――――――――――――――――――――

親戚          11  -.267

近所の人        50  -.236

先輩や友人       48  -.149

新聞,本,テレビなど  212   .059

職場や仕事関係の人    47   .077

職場の研修会       90   .080

家族           98   .166

行政や学校の広報    40   .309

学校の先生(授業)  158   .325

行政・PTAの研修会  67   .381

―――――――――――――――――――――――

全体          1650   .052

 

 同和問題を知るうえで「もっとも印象が強かった」経路として,「親戚」「近所(地域)の人」「先輩や友人」と回答した人たちは,「同和地区に対する異質視」の内面化の度合いが強く,「行政やPTA関係の研修会・講演会」「学校の先生(授業)」「行政や学校の広報や冊子」と回答した人たちは,「同和地区に対する異質視」の内面化の度合いが少ないという結果がみられる。

 人びとが身近な人からパーソナル・コミュニケーションをとおして同和問題を知らされるときには,偏見のいりまじったかたちで問題が伝達されるおそれが強いということである。逆に,同和教育・人権啓発によって同和問題を教えられるほうが,偏見の少ないかたちで同和問題を知ることができる。

 1999年度調査では,同和教育を「まったく受けなかった」と回答した人が全体の53.4%であり,人権啓発に参加したことが「まったくない」と回答した人が全体の73.4%を占めている。ちなみに,同和教育も人権啓発もまったく受けたことがない人は全体の43.5%である。しかしながら,同和問題というものを「まったく知らない」と回答した人は全体の18.1%にすぎない。同和教育や人権啓発という場面以外で同和問題を知らされる人が,まだまだ少なくないという現実がある。

 

6 「知らなければ差別をしない」はウソ

 

 “知らなければ差別をしない”とよく言われる。ほんとうにそうか。

 3は,「同和問題の認知度」と「同和地区に対する異質視」との関連をみたものである(平均値がマイナスのばあいに「異質視」が強い)。

 

3 同和問題の認知度と「異質視」

=====================================

認知度         回答数 平均値

―――――――――――――――――――――

まったく知らない    355  -.222

少しは知っている     992  .010

だいたいは知っている   557  .095

詳しく知っている    101  .229

―――――――――――――――――――――

全体           2005  .004

―――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .0001

 

 「同和地区に対する異質視」は,同和問題を「まったく知らない」と回答した人たちが最も強く,「詳しく知っている」人たちが最も少ない。これは,奇妙なことと思われるかもしれないが,そもそも,特定の集団に対してネガティヴに価値づけするところに成立する「偏見」というものは,その本質からして想像上の産物なのである。「知らない」と言いながら――いや,「知らない」からこそ――,同和地区の人たちを自分たちとは「異質な存在」だと心のどこかで思い込んでしまうのである。

 じっさいに,同和問題については「まったく知らない」と回答した人たちが,さまざまな問題場面でどのような態度を表明するかを調べたところ,同和地区の人との「本人の結婚問題」でも,また,同和地区内の「土地購入問題」に際しても,同和問題を「まったく知らない」と回答した人たちが最も「差別しない」人たちであるということではなかった(45とも平均値が小さいほど差別的でない)。むしろ,差別的態度を最も示すことが少なかったのは,同和問題を「詳しく知っている」と回答した人たちであった。ただし,「少しは知っている」「だいたいは知っている」と回答した人たちは「まったく知らない」と回答した人たちよりもむしろ差別的な態度を示す傾向がみられたことにも留意する必要がある。

 

4 同和問題の認知度と「本人の結婚問題への態度」

=====================================

認知度        回答数 平均値

―――――――――――――――――――――

詳しく知っている   120  1.63

まったく知らない    466  1.70

だいたいは知っている  721  1.81

少しは知っている    1342  1.83

―――――――――――――――――――――

全体          2649  1.79

―――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .01

 

5 同和問題の認知度と「土地購入問題への態度」

=====================================

認知度        回答数 平均値

―――――――――――――――――――――

詳しく知っている   120  2.12

まったく知らない    461  2.31

だいたいは知っている  715  2.32

少しは知っている    1320  2.47

―――――――――――――――――――――

全体          2616  2.38

―――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .0001

 

 ようするに,同和問題を「まったく知らない」という無知の状態は,差別する可能性をもたないというわけではないのだ。そして,中途半端に同和問題を知ることは差別する可能性を高めることであり,問題の解決のためには,ひとりでも多くの人が同和問題を「詳しく知っている」ようになるしかない。

7 「知識量」ではなく「イメージ」が問題

 

 結婚差別を支える意識の構造を分析した結果,人びとが同和地区出身者との結婚問題で拒絶的な態度をとるかどうかに最も強く影響している要因は,同和地区に対するイメージであった。つまり,「同和地区に対する異質視」「同和地区に対するマイナス視」を内面化している人ほど,結婚問題で差別的な態度をとる。

 

6 「身内の結婚問題への態度」に対する諸要因の影響力の強さ

==============================================

要因          相関係数  ベータ係数

――――――――――――――――――――――――――――

性別            .054 *    .071 **

年齢            .208 **   .220 **

学歴           -.081 **   .015

階層意識          .019    .008

「同和問題の知識度」   .024    -.004

「ホンネ意識」      -.258 **   -.066 **

「タテマエ意識」      .030    .052 *

「共感視」         .115 **   .088 **

「マイナス視」     -.249 **   -.211 **

「異質視」       -.325 **   -.262 **

「部落差別解消論」     .134 **   .075 **

「寝た子を起こすな論」  -.139 **   -.016

「問題関与的態度」     .081 **    .049 *

「逆差別論」       -.170 **    -.049 *

「啓発や運動を支持」    .032     -.030

しきたり大切       -.205 **    -.084 **

まわりを気にする     -.204 **    -.108 **

考えを曲げない       .123 **    .045 *

――――――――――――――――――――――――――――

* p < .05** p < .01 で有意  N = 1689  R2 = .284

 

「相関係数」と「ベータ係数」(重回帰分析による)について,簡単に説明しておこう。

 私が金明秀氏と共同で1993年に実施した「在日韓国人青年意識調査」では,いわゆる民族意識の強さと「成育地域内の同胞数」との関係について,興味深い結果がえられた。いわゆる民族意識の強さというものに関して,因子分析によって,「関係志向的エスニシティ」(情緒的に民族的なものとのつながりを求めようとする意識のありよう)と「主体志向的エスニシティ」(民族的な問題を気にとめ,それを解決していこうとする意識のありよう)とが取りだされたわけであるが,「成育地域内同胞数」と「関係志向的エスニシティ」との相関係数は .278,「成育地域内同胞数」と「主体志向的エスニシティ」との相関係数は .250であった。このかぎり,在日同胞がたくさん住んでいる地域で育った人にはいわゆる民族意識が強い人が多い,というふうには言える。しかし,在日同胞がたくさん住んでいる地域で育てば,その人の民族意識は強くなる,というふうに,原因−結果の関係を読み取ることができるかどうかは,相関関係があるということだけからは言えない。

 多数の要因をとりこんだ「重回帰分析」にかけたところ,「成育地域内同胞数」の「関係志向的エスニシティ」に対するベータ係数は .010,「主体志向的エスニシティ」に対するベータ係数は .006にすぎなかった。このことから言えることは,在日同胞がたくさん住んでいる地域で育つだけでは,その人の民族意識が強くなる,とはまったく言えないということである。――ちなみに,「関係志向的エスニシティ」に対する影響力が強かったのは,「成育家庭内の民族的伝統性」(ベータ係数 .582)と「民族団体への参加経験」(ベータ係数 .259)であり,「主体志向的エスニシティ」に対する影響力が強かったのは,「受けた民族教育の程度」(ベータ係数 .443)と「民族団体への参加経験」(ベータ係数 .262)であった。

 ようするに,「重回帰分析」とは,多数の要因を同時に分析することで,相互の影響を取り除いて,より実質的な影響力をとりだす分析法のことである。ここに例示したケースでは,在日同胞がたくさん住んでいる地域に育った人にはいわゆる民族意識が強い人が多くみられるけれども,そのことは在日同胞がたくさん住んでいる地域で育ったということ自体がもたらしたものではなく,じつは,在日同胞多住地域では「成育家庭内の民族的伝統性」がより濃厚に保たれていたり,「民族教育」にふれる機会が多いためにそうなったものである。だから,たとえ在日同胞多住地域で育っても,その家庭に「民族的伝統」が保たれていなかったり,「民族教育」を受ける機会が少なければ,その人の民族意識は強いものとはならない。民族意識を強くもつかたちで育てるためには,在日同胞多住地域で生活するかどうかは直接的には関係なく,どれだけ「家庭内の民族的伝統性」を保つか,どれだけ「民族教育」を受けさせるかが肝心である,ということになる。

 このケースのように,単純な相関関係のレベルではかなり強い相関がみられたのに,重回帰分析によるベータ係数(影響力)はまったく検出できなかったという事例は,それほど多くあるわけではないにしても,「相関係数」は参考程度として,「ベータ係数」を確認するという分析が大事なのである。

 

 「同和地区に対する異質視」とは,「同和地区の人たちは,生まれが違う」「身分が低い」「同和地区の人たちといっても,同和地区外の人となにも変わらないことはない」というイメージを内面化していることを意味する。

 「同和地区に対するマイナス視」とは,「同和地区に生まれないでよかった」「同和地区というと,暗いイメージがある」「同和地区の人は,かわいそうだ」「同和地区には,貧しい人が多い」「同和地区は,こわいところだ」というイメージを内面化していることを意味する。

 いっぽう,「同和問題についての知識」を多くもっているかどうかは,結婚問題で差別的な態度をとるかとらないかとは,まったく無関係であった。「同和問題の知識」をいっぱいもっている人であっても,「同和地区に対する異質視」「マイナス視」を内面化している人であれば,結婚問題で差別的態度をとる可能性が高く,「同和問題の知識」がほとんどない人であっても,「同和地区に対する異質視」「マイナス視」を内面化していない人であれば,結婚問題で差別的態度をとる可能性が少ない,ということである。――なお,「同和問題の知識度」とは,「部落地名総鑑事件」「明治4年の『解放令』」「同和対策審議会答申」「水平社宣言」「『橋のない川』」「狭山事件」という6項目について,「どの程度知っていますか」と尋ねたものである。つまり,単純に「知識の量」を問題にしている。その意味で,前節で問題にした「あなたは,同和問題(部落問題)について,どの程度知っていますか」と尋ねた「包括的な認知」の程度とは,質的に異なるものであることに注意されたい。

 また,「タテマエとしての人権尊重意識」(タテマエ意識)も,結婚問題をめぐる態度にあまり影響力をもっていないことにも,注目しておきたい。「タテマエとしての人権尊重意識」とは,「みんなが人権の大切さを自覚するようになれば,差別はなくなる」「これからの世の中では,人権が最も大切にされなければならない」「人を差別する人間は,醜く,おぞましく,いやらしい存在だ」「もし私が誰かを差別してしまったら,死んでしまいたいぐらい恥ずかしく思うだろう」という4つの考え方への共感度を尋ねたものであり,“差別はいけないという規範意識”といってもよい。

 したがって,これからの同和教育・人権啓発は,単に「同和問題の知識」を教えるものであったり,“差別はいけません”という規範意識を強調するだけでは,教育効果・啓発効果を期待することはできない。「同和地区に対する異質視・マイナス視」のイメージを払拭していくことを,その最大の課題とすべきだ。

 

8 「異質視」と「マイナス視」

 

 「同和地区に対するイメージ」が,結婚問題での態度に大きくかかわるものであり,その意味で,これからの教育・啓発のターゲットとすべきものである。このことは,すでに,1997年度と1998年度の調査でも明らかになっていた。そこで,「同和地区に対するイメージ」の問題をより掘り下げて捉えるために,1999年度調査では,あらたに,「同和地区の人たちは,生まれが違う」「同和地区の人たちは,身分が低い」「同和地区の人といっても,同和地区外の人となにも変わらない」という文言に対してどう思うか,という質問を取り入れてみた。そして,ぜんぶで11の「同和地区に対するイメージ」をめぐる質問項目の回答に,因子分析を適用したところ,3つの因子が取りだされた。

 

7 同和地区に対するイメージの因子分析

(主成分解のバリマックス回転後の因子負荷量)

====================================== =============================

  変数      共通性  因子1 因子2 因子3  因子 固有値 寄与率 累積寄与率

―――――――――――――――――――――――― ――――――――――――――――――

かわいそう      .499  .368  .598 -.075    1  3.421  31.1  31.1

まじめ        .770  .873  .086  .012   2  2.168  19.7  50.8

暗い         .600  .113  .766  .011   3  1.251   1.4  62.2

親切         .808  .898  .033  .035  ―――――――――――――――――

貧しい        .521  .367  .561  .269

こわい        .572 -.040  .516  .551

生まれないでよかった .616 -.042  .768  .159

痛みがわかる     .694  .801  .219 -.070

生まれが違う     .680  .043  .207  .797

身分が低い      .684  .113  .177  .800

変わらない      .397  .150  .231 -.567

――――――――――――――――――――――――

 

 因子1を,われわれは「同和地区に対する共感視」と名づけた。この因子1「共感視」を主として構成しているのは,「同和地区には,親切な人が多い」(40.1%,このパーセントは,この設問に「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」と答えた回答の合計。以下同様),「同和地区には,まじめな人が多い」(45.5%),「同和地区には,人の心の痛みがわかる人が多い」(52.7%)という項目であった。また,「同和地区の人は,かわいそうだ」(64.5%)と「同和地区には,貧しい人が多い」(38.2%)という項目も多少かかわっていた。

 因子2を,われわれは「同和地区に対するマイナス視」と名づけた。この因子2「マイナス視」を主として構成しているのは,「同和地区に生まれないでよかった」(68.7%),「同和地区というと,暗いイメージがある」(64.4%),「同和地区の人は,かわいそうだ」(64.5%),「同和地区には,貧しい人が多い」(38.2%),「同和地区は,こわいところだ」(22.6%)という項目であった。

 因子3を,われわれは「同和地区に対する異質視」と名づけた。この因子3「異質視」を主として構成しているのは,「同和地区の人たちは,身分が低い」(9.4%),「同和地区の人たちは,生まれが違う」(11.6%),「同和地区の人といっても,同和地区外の人となにも変わらない」とは思わない(16.0%,この項目だけは,「そう思わない」と「どちらかといえばそう思わない」の回答の合計),「同和地区は,こわいところだ」(22.6%)という項目であった。

 ところで,「同和地区の人は,かわいそうだ」という項目は,因子2「マイナス視」により大きくかかわっているが,同時に,因子1「共感視」にもいくぶんかかかわっている。――同和地区に対して人びとが抱く「かわいそう」イメージは,いくぶんか,「共感視」につながる,“同和地区の人を助けてあげたい”という,いわゆる同情の感覚を含んではいるが,主として,「マイナス視」につながる“同和地区の人はみじめだ”という,見下すような感覚から成り立っているのだ。

 「同和地区には,貧しい人が多い」という項目も,因子2「マイナス視」により大きくかかわっていると同時に,因子1「共感視」にもいくぶんかかかわっていた。――同和地区に対して人びとが抱く「貧しさ」イメージは,いくぶんか,「共感視」につながる要素,つまり,貧困の原因を差別に求める見方を含んではいるが,主として,「マイナス視」につながる要素,つまりは,貧困の原因を同和地区の人たち自身に帰して,見下すような感覚からなっているのだ。

 「同和地区は,こわいところだ」という項目は,因子3「異質視」と因子2「マイナス視」の双方にほぼ等しくかかわっていた。――同和地区に対して人びとが抱く「こわい」イメージは,2つの要素から成り立っている。「異質視」につながるイメージは,むしろ,「怖れ」とか「畏怖」の感覚といったほうがいいだろう。日本列島を舞台にした社会の展開のなかで形成されてきた「ケガレ意識」「オソレ意識」の問題とかかわっていよう。いっぽう,「マイナス視」につながるイメージは,物理的な意味での「恐さ」の感覚であると考えられよう。水平社以来の,差別に対する糾弾闘争などに対して,差別する側の人びとが抱いたきたものと考えられる。

 さて,同和地区出身者との「結婚問題」への態度に大きく影響している要因は,「同和地区に対する異質視」と「マイナス視」であった。

 「同和地区に対する異質視」を構成する「身分が低い」「生まれが違う」といった項目に“そう思う”と回答した人は,それぞれ全体の1割程度であり,少数の人たちである。しかし,少数とはいえ,このような「異質視」の感覚が結婚差別を支えている大きな要因となっているのであり,同和教育・人権啓発をとおして,その払拭をめざさなければならない。

 もうひとつ,「同和地区に対するマイナス視」の払拭も同和教育・人権啓発の課題であるが,ある種の困難さを内包している。つまり,同和教育・人権啓発では,差別の現実を教えることは不可欠である。それをぬきにしては,教育・啓発そのものが成り立たない。しかし,「差別のきびしさ」の認識は,同時に,「同和地区に対するマイナス視」をも強めることになりかねない。

 「部落差別は,まだまだ根強い」と思うかどうかという設問への回答と「同和地区に対するイメージ」との相関関係をみてみると,「異質視」との相関係数は .019,「共感視」との相関係数は .080にすぎないのに対して,「マイナス視」との相関係数は .193というかなり強い正の相関を示している。個々の項目との相関係数は,それぞれ,「同和地区に生まれないでよかった」.131,「同和地区というと,暗いイメージがある」.164,「同和地区の人は,かわいそうだ」.147,「同和地区には,貧しい人が多い」.173,「同和地区は,こわいところだ」.115であった。

 差別の現実を教えつつ,同時に,「同和地区に対するマイナス視」を強めないような教育・啓発は,いかにして可能なのかという問題が,同和教育・人権啓発の担い手には突きつけられている。

 

9 「同和教育」「人権啓発」の効果は?

 

 同和問題の解決にとっての教育と啓発の重要性が指摘されるようになって久しい。だが,同和教育の取り組みも,人権啓発の取り組みも,少なくとも量的な側面からみるかぎり,まだまだ決定的に不十分である。1999年度調査の結果では,20代と30代だけを取りだしてみたばあいでも,同和教育を「20時間以上受けた」者が4.5%,「1019時間くらい受けた」者が7.0%。人権啓発でも,「10回以上」参加した者が2.6%,「59回」参加した者が3.9%にすぎなかった。

 では,量的にはまだまだ不十分だとはいえ,これまでの同和教育・人権啓発は,一定の効果をあげているだろうか。

 まず,「同和問題の知識」を増やすという点での効果をみてみよう。8は,同和教育を受けた時間数ごとの「同和問題の知識度」の平均値(平均値が小さいほど知識は多い)を,9は,人権啓発に参加した回数ごとの「同和問題の知識度」の平均値を調べてみたものである。そして,10は,「性別」「年齢」「学歴」の要因の影響,また,「同和教育」と「人権啓発」相互の影響をとりのぞくかたちで,「同和教育」それ自体,「人権啓発」それ自体の「同和問題の知識」に対する効果を調べるために,重回帰分析にかけてみた結果である。

 

8 同和教育受講時間数と「同和問題の知識度」

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時間数    回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

20時間以上   67   17.31

1019時間   95   18.01

59時間   254   18.66

14時間   714   19.68

なし     1127   20.16

―――――――――――――――――――――――

全体     2257   19.66

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .0001

 

9 人権啓発参加回数と「同和問題の知識度」

=====================================

参加回数  回答数 平均値

―――――――――――――――――――――――

10回以上   63   13.14

59回    92   15.58

24回   276   18.42

1回     183   19.26

なし    1642   20.42

―――――――――――――――――――――――

全体    2256   19.68

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .0001

 

10 「同和問題の知識度」に対する諸要因の影響力の強さ

=====================================

要因      相関係数 ベータ係数

―――――――――――――――――――――――

性別       .088    -.025

年齢      -.206    -.271 **

学歴      -.193    -.208 **

同和教育経験   .210    .137 **

人権啓発経験   .444    .354 **

―――――――――――――――――――――――

* p < .05 で,** p < .01 で有意  N = 2177  R2 = .280

 

 「同和問題の知識」を増やすという点でみたばあい,同和教育も人権啓発も,たしかにその効果を確認できる。同和教育を受けた時間数が多くなればなるほど,また,人権啓発に参加した回数が多くなればなるほど,「同和問題の知識」は増えている。ただし,10の重回帰分析の結果,「人権啓発への参加回数」の要因はベータ係数が .354ときわめて大きな値を示したのに対して,「同和教育を受けた時間数」の要因はベータ係数が .137という値にとどまったことに示されるように,両者を比較したばあい,同和教育よりも人権啓発のほうがはるかに大きな効果を示している。

 では,肝心な「同和地区に対する異質視」「同和地区に対するマイナス視」の払拭という点での効果は,どうだろうか。

 表11は,同和教育を受けた時間数ごとの「同和地区に対する異質視」の平均値(平均値がマイナスで絶対値が大きいほど「異質視」が強く,平均値がプラスで絶対値が大きいほど「異質視」が少ない)を,12は,同じく「同和地区に対するマイナス視」の平均値(「異質視」のばあいと同様)を調べてみたものである。

 

11 同和教育受講時間数と「異質視」

=====================================

時間数    回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

1019時間   87   -.094

なし     969   -.076

14時間   641   .075

59時間   230   .112

20時間以上  52   .287

―――――――――――――――――――――――

全体     1979   .003

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .01

 

 「同和問題の知識度」のばあいとは異なって,同和教育を受けた時間数が増えれば増えるほど「同和地区に対する異質視」が減っていくといった線型の効果が見られないので,11の読み取りは難しい。ただ,「20時間以上」受講したと回答したグループにおいて,「異質視」が最も少なくなっている。中途半端にやったのでは効果は期待できないが,徹底して頻繁に同和教育をすれば「同和地区に対する異質視」の払拭という点でも,効果をあげることを期待できる,と言えよう。

 

12 同和教育受講時間数と「マイナス視」

=====================================

時間数 回答数 平均値

―――――――――――――――――――――――

14時間 641 -.160

59時間 230 -.068

1019時間 87 -.052

20時間以上 52 .020

なし 969 .109

―――――――――――――――――――――――

全体 1979 -.008

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .0001

「同和地区に対するマイナス視」については,むしろ,同和教育をまったく受けたことがないと回答したグループが最も「マイナス視」が少ないという結果であった。これは,さきに指摘した,差別の現実を教えることが「同和地区に対するマイナス視」を強める結果を招きかねないという危惧が現実のものとなっていることを意味していよう。ただし,同和教育の受講時間数が少ないほど「マイナス視」が強く,受講時間数が多くなればなるほど「マイナス視」は弱まっていくという傾向がみられる。ここからもまた,同和教育は中途半端にやってはダメで,やるからには徹底して頻繁にやる必要があるという教訓をくみとることができよう。

 表13は,人権啓発に参加した回数ごとの「同和地区に対する異質視」の平均値を,14は,同じく「同和地区に対するマイナス視」の平均値を調べてみたものである。

 

13 人権啓発参加回数と「異質視」

=====================================

参加回数  回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

なし    1427   -.041

1回     153   .068

24回    250   .074

59回    81   .252

10回以上   55   .370

―――――――――――――――――――――――

全体     1966   .005

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .01

 

 人権啓発のばあいには,参加経験が「まったくない」と回答したグループが最も「同和地区に対する異質視」が強く,「1回」または「24回」参加したと回答したグループでは「異質視」がやや少なくなり,「59回」のグループではかなり「異質視」が少なくなり,「10回以上」のグループではいっそう「異質視」が少なくなっている。ここでも,人権啓発に頻繁に参加する(頻繁に参加できる機会を用意する)ことの大切さを確認できよう。

 

14 人権啓発参加回数と「マイナス視」

=====================================

参加回数   回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

24回    250   -.171

なし    1427   .001

1回     153   .004

10回以上   55   .120

59回    81   .243

―――――――――――――――――――――――

全体    1966    -.007

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .05

 

 ただし,「同和地区に対するマイナス視」の克服という点では,人権啓発に参加する回数が増えるにつれて,「マイナス視」が少なくなっていくという線型の効果はみられなかった。いちおう,「10回以上」のグループと「59回」のグループで「マイナス視」が少なくなってはいるが,最も「マイナス視」が少なくなっているグループは,「10回以上」ではなく,「59回」であった。

 つぎに,もっとストレートに,同和教育と人権啓発が「結婚問題への態度」の変容に効果をあげえているかどうかを見ることにしよう。

 表15は,同和教育を受けた時間数ごとの「身内の結婚問題への態度」の平均値(平均値が小さいほど結婚問題で差別的な態度をとらない)を,16は,人権啓発に参加した回数ごとの「身内の結婚問題への態度」の平均値を調べてみたものである。

 

15 同和教育受講時間数と「身内の結婚問題への態度」

=====================================

時間数     回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

20時間以上    70   1.67

1019時間   104   1.68

59時間    277   1.70

14時間    769   1.83

なし      1383   1.86

―――――――――――――――――――――――

全体      2603   1.83

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .001

 

16 人権啓発参加回数と「身内の結婚問題への態度」

=====================================

参加回数  回答数  平均値

―――――――――――――――――――――――

10回以上   67   1.60

59回   103   1.66

1回     211   1.83

24回   313   1.84

なし    1905   1.84

―――――――――――――――――――――――

全体    2599   1.82

―――――――――――――――――――――――

F検定の結果 p < .01

 

 同和教育を受けた時間数が多くなればなるほど,また,一定回数以上人権啓発に参加したグループであれば,「身内の結婚問題」で差別的な態度をとらないという傾向が読み取れよう。しかし,ここに見られた傾向が“見かけ上”のものにすぎないかどうかを確認してみなければならない。そこで,「性別」「年齢」「学歴」の要因の影響,また,「同和教育」と「人権啓発」相互の影響をとりのぞくかたちで,「同和教育」それ自体,「人権啓発」それ自体の効果を調べるために,重回帰分析にかけてみたのが,17である。

 

17 「身内の結婚問題への態度」に対する諸要因の影響力の強さ

=====================================

要因       相関係数  ベータ係数

―――――――――――――――――――――――

性別        .045   .065 **

年齢        .206   .229 **

学歴       -.069   .034

同和教育経験   .079   .006

人権啓発経験   .048   .061 **

―――――――――――――――――――――――

* p < .05 で,** p < .01 で有意  N = 2501  R2 = .051

 

 重回帰分析の結果では,15で見られた同和教育の効果(それは17では .079という相関係数として示されている)は,実質的な影響力を示すベータ係数としてはまったく消えてしまった(ベータ係数 .006)。同和教育の「結婚問題への態度」への効果は“見かけ上”のものにすぎなかったのである。――同和教育を受けたことのある人たちは若い世代に多いけれども,若い世代の人たちは高齢者に比べて「結婚問題」で差別的な態度を示す人が相対的に少ない。この「年齢」の影響を差し引くと「同和教育」そのものの効果は確認できなかった,ということである。

 それに対して,人権啓発が一定の効果をあげていることは,この重回帰分析の結果でも,確認された。

 なお,1997年度の調査でも,「同和地区に対するイメージ」と「結婚問題への態度」を変容させることができたかどうかにかんして,同和教育の効果が小さかったのに対して,人権啓発のばあいには一定の明確な効果が確認された。しかも,人権啓発の効果に関しては,きわめて興味深い知見がクリアに取りだされた。私は,「人権啓発の可能性――千葉県下の住民意識調査を参考にして」(東京人権啓発企業連絡会『明日へ』第20号,1999)で,つぎのように書いた。

 

 統計的分析の結果としては,社会啓発経験は,受けた回数が多くなるに比例して「同和問題の知識度」を着実に増やすという効果が認められた。ただし,「〔同和地区に対する〕マイナスイメージ」をなくし,「結婚問題への態度」をよりプラスの方向に変えるという点では,「10回以上」という頻繁に受けたばあいにのみ,はじめて明確な効果を生みだすことができているのである。したがって,“差別をしない”人間を育てるという社会啓発の課題は,頻繁に受講したばあいにのみ達成可能である,と結論づけることができる。

 

 いずれにせよ,3年度にわたる調査結果では,同和教育は人権啓発に比べてその効果がより小さなものであった。学校で同和教育を担っている先生がたには,効果ある同和教育を進めるにはどうしたらよいかを再考してほしい。少なくとも,同和教育にせよ,人権啓発にせよ,少しだけやったのでは効果は望めず,徹底して頻繁にやる必要があることだけは確かであろう。

 

10 「被差別の当事者」の話を中核に

 

 効果のある同和教育・人権啓発をやるためには,量的拡大だけでなく,どんな形態の教育・啓発がより効果を発揮できるかにも,気を配らなければならない。

 受けた同和教育がどんな「形態」のものであったかによって,インパクトの強かったものと弱かったものとがある。すなわち,インパクトが強い「形態」は,「映画,ビデオの上映」と「同和地区の人や差別を受けた人の話」であり,インパクトが弱いのは,「ポスターや標語の作成」「作文・感想文の提出」「校長先生,教頭先生の話」「行政の人の話」であった。

 そして,「同和教育を受けてのプラスの印象」(同和教育を受けて「人権の大切さがよくわかった」「わかりやすかった」「内容が興味深かった」「差別をなくそうという気持ちが強まった」「先生や講師の熱意を感じた」といった印象を総合したもの)が著しく強かった形態は,「同和地区の人や差別を受けた人の話」であった。「映画,ビデオの上映」「学者・文化人・宗教者などの話」「同和教育担当の先生の話」も,一定程度「同和教育を受けてのプラスの印象」を与えている。

 しかしながら,回答者が実際に受講した同和教育の形態としてあげたものとして圧倒的に多かったのが,「クラスの先生の話」(同和教育を受けたことがあると回答した者のうちの64.9%)であり,ついで「映画,ビデオの上映」(28.2%)であった。インパクトが強くかつ「同和教育を受けてのプラスの印象」が著しく高かった「同和地区の人や差別を受けた人の話」は,わずか9.2%にすぎなかった。

 いっぽう,人権啓発のばあいにも,インパクトが強かったものは,やはり,「映画,ビデオの上映」と「同和地区の人や解放運動団体の人の話」であった。そして,「人権啓発に参加してのプラスの印象」が著しく強かった形態は,「同和地区の人や解放運動団体の人の話」であった。「映画,ビデオの上映」「学者・文化人・宗教者などの話」も,一定程度「プラスの印象」を与えている。逆に,「行政や公民館の人の話」や「企業の啓発担当者の話」は,参加者にあまり「プラスの印象」を与えていない。

 そして,回答者が実際に参加した人権啓発の形態としてあげたものとして多かったのは,第1に「映画,ビデオの上映」(51.4%)であり,ついで「行政や公民館の人の話」(30.7%)であったが,インパクトが強くかつ「人権啓発に参加してのプラスの印象」が著しく高かった「同和地区の人や解放運動団体の人の話」も,23.1%を占めていた。

 そうじて同和教育よりも人権啓発のほうが効果をあげてきたのは,この〈被差別の当事者の話〉を聞くチャンスが,同和教育よりも人権啓発のほうが多いということによるのではないかと考えられる。

 いずれにせよ,同和教育を受けたことのある人びと,人権啓発に参加したことのある人びとが,インパクトが強く,受講してのプラスの印象が著しく強いものとして推奨している〈被差別の当事者の話〉を,これからの同和教育・人権啓発を進めていくうえで,その中心にすえることが求められていよう。たんに「知識」をふやすだけでなく,「同和地区に対するイメージ」をつくりかえていくことが,これからの同和教育・人権啓発の課題であるとすれば,その点でも〈被差別の当事者の話〉が有効であることは疑いえないであろう。