教 員 紹 介

日本史 一ノ瀬俊也(いちのせ としや)
東洋史 籾山 明(もみやま あきら)
笹川 裕史(ささがわ ゆうじ)
西洋史 小林 亜子(こばやし あこ)
市橋 秀夫(いちはし ひでお)
考古学 高久 健二(たかく けんじ)

@生年月日、出身地、趣味、研究室、連絡先、学生の相談時間など個人情報 A研究テーマ  B演習紹介(テキスト、進め方、目的など) C教員からのメッセージ

一ノ瀬俊也(いちのせ としや)


@1971年1月、福岡県山門郡瀬高町(現・みやま市)生まれ。大学院までずっと九州にいました。その後千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館という博物館に就職し、10年近く働いていました。趣味はプラモデルの組み立てと、テレビを見ることです。前者の趣味が高じて現在の職業につながったところがあります。研究室は教養学部棟4階の真ん中あたりです。オフィス・アワーは水曜日13:00〜14:30です。
A主な研究テーマは、なぜ戦前の日本人は戦争・軍隊の存在を当たり前と考えていたのか、ということです。そのことは、なぜ60数年前にあの太平洋戦争という戦争をはじめて大勢の人が死に、今現在に至るまで大きな影響を日本の国内外に及ぼしているのかという問題と、おそらく密接な関係があります。大学院に入った当初は出征兵士の留守家族に対する生活援助の問題に取り組んでいたのですが、その後関心が拡大というより拡散し、軍隊生活の解説書や兵士が軍隊生活中につけていた日記の収集・研究、戦場で敵の兵士の戦意を低下させるため撒くビラ(伝単といいます)の分析といった作業をしてきました。それらは、『近代日本の徴兵制と社会』(吉川弘文館、2004年)、『明治・大正・昭和 軍隊マニュアル 人はなぜ戦場へ行ったのか』(光文社新書、2004年)、『銃後の社会史 戦死者と遺族』(吉川弘文館、2005年)、『戦場に舞ったビラ 伝単で読み直す太平洋戦争』(講談社選書メチエ、2007年)、『旅順と南京』(文春新書、2007年)としてまとめました。
B私の担当する演習では、2007年度後期の場合、日本史史料講読Uで『東條内閣総理大臣機密記録』(東京大学出版会)、日本史基礎演習Aで吉田裕『アジア・太平洋戦争』(岩波新書)を輪読しています。どちらも日本近代史、とくに昭和史の研究に関する基礎史料・文献を読みこなす能力を養成するためのものですが、今後は明治・大正期のものも適宜とりあげていくつもりです。
C日本史、なかでも近現代史はいわゆる「言葉の壁」が低いぶん、取っつきやすい卒業論文のテーマのように思われます。しかしその分、アクセスすべき史料は大量に存在し、それらを的確に読みこなしていく能力が要求されますので、けっして「楽」ではありません。しかも扱うテーマによっては、異なる歴史観を持つ人たちから集中砲火を浴びて立ちすくむこともあるかもしれないので、その意味ではむしろしんどい学問かもしれません。そのことを十分覚悟しつつ、何らかのオリジナルな問題関心をもって学習に取り組む学生諸君を歓迎します。

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籾山 明(もみやま あきら)
玉門関にて(中国・甘粛省)

@ 1953年12月31日、群馬県桐生市生まれ。趣味は古い日本映画の鑑賞。研究室は教養学部棟5階の西端。
 学生相談時間:水曜日13:00〜14:00
A 主な研究テーマは、中国古代の法制、漢代の辺境と「異民族」、および出土文字史料論。『史記』や『漢書』のような編纂された史料からはうかがい知れない古代社会の末端や古代人の自己認識について、かれらが遺した同時代史料を通して解明することが研究の中心です。主な著作は、一般向けとして『秦の始皇帝』(白帝社、1994年)、『漢帝国と辺境社会』(中公新書、1999年)、専門書として『中国古代訴訟制度の研究』(京都大学学術出版会、2006年)など。1995年以来、ヨーロッパやインドの博物館や図書館をめぐり、西欧の探検隊が20世紀初めに中央アジアの沙漠で発掘した古文書(木や紙に書かれています)を調査しています。その成果は、『流沙出土の文字資料』(共著、京都大学学術出版会、2001年)や『英国国家図書館蔵斯坦因所獲未刊漢文簡牘』(共著、上海辞書出版社、2007年)として刊行されました。
B 2008年度の東洋史演習T(前期)では、前半に返り点・送り仮名のついたテキストによって漢文に慣れ、後半に句読点だけの文章にチャレンジします。東洋史演習U(後期)では、中国古代史の古典とも言うべき著作を一冊とりあげて、丁寧に論文をよむ練習をします。卒論で中国前近代史を対象にしようと考えている学生は、TとUをあわせて履修するよう勧めます。なお、来年度は史料講読演習として、注釈も含めた上級漢文を読む予定。
C 歴史学専攻では卒業論文を重視しています。そのため3年生から演習で懇切に指導していますが、論文のテーマを決めるという最初の重要なステップは、完全に学生の自由に任されています。漫然と日々を過ごしていると、この第一歩で大きく出遅れることになるでしょう。そうならないためには、努めて本を読むように。このホームページには充実した読書案内が付いています。さらに読書にあたっては、ただ文脈を追うのではなく、「なぜ?」を見つけながら読みましょう。小さなことでも、大きなことでも構いません。「なぜ?」の尻尾をつかまえて、そこから少しずつ本体を引き出していくこと。卒業論文の作成は、たとえるならばそういう作業だと言えるでしょう。

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笹川裕史(ささがわ ゆうじ)

@ 1958年9月、大阪府茨木市生まれ。昔は文学や美術が好きで、日本画なども描きました(某県の県美展で入選経験あり)が、研究生活がテマ・ヒマかかる趣味を奪い去りました。今は、家族もあきれるほど、趣味から「自由」です。研究室は共通研究棟4階です。
 学生相談時間:水曜日14:40〜15:40
A 以前は、中華民国時期(1912年〜1949年)の農村土地行政に関する研究を行い、これを通して、伝統的王朝国家から引き継いだ同時期の国家−地域社会間関係の構造とその変容を明らかにする課題を追究してきました。数年前にようやく、その成果を『中華民国期農村土地行政史の研究』(汲古書院)にまとめました。そこでは、中央レベルの政局や天下国家を揺るがす大事件を個別に追いかけるのではなく、やや長期的なレンジで末端行政の実態を見つめています。たとえば、中国の伝統的王朝国家を観察する場合、専制国家として整った制度的な外観を見るのと、その足元の末端行政の実態を見るのとでは全く異なった国家像が浮かび上がってきますが、近現代中国の場合も同じことがいえます。今後も、革命や戦争で激動する政局を横目で見ながら、その基底を構成する末端行政と地域社会とが接触する現場を発掘・再現していきたいと考えています。そのような問題意識から、最近では「日中戦争期における食糧と兵士の徴発」というテーマに取り組み、今年の5月に『銃後の中国社会−−日中戦争下の総動員と農村』(奥村哲氏と共著、岩波書店)を刊行する予定です。
B 本年度の演習は、周栄徳『中国社会的階層与流動』を読みます。本書は著者自身が日中戦争中に国民政府統治下で行った社会学調査にもとづいて、当時の農村社会の指導層がどのような人々で、どのように生まれてくるかを分析しています。演習の目的は、近代中国の基層社会に対する理解を深め、分析方法を学ぶことと、中国語で書かれた研究書を読み解く訓練を行うことです。予習は必要。なお、文献読解とは別に、受講者自身の問題関心に即した簡単な報告もやってもらう予定です。
C 以前、別の大学で「文化国際学科」という学科に所属していたことがあります。そこの学生たちは、どちらかというと、手軽に手に入る心地よい「面白さ」を求め、歴史学のような、いかにも面倒そうな世界は敬遠しがちでした。そんなとき、H・ノーマンの有名なエッセイに出てくる話を、若干の脚色を交えてよくしました。そこでは、ギリシャ神話における歴史学を司る神は、あらゆる学問・芸術の神々の中でも最もシャイで気難しい女神であるという意味のことが記されています。この女神に仕え、彼女を喜ばすことは生やさしいことではないが、辛抱強く仕えた者にのみ、思慮深く優美な顔を見せ、虜にしてしまう、と。

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ロクロナンの教会広場(フランス・ブルターニュ) カンペールの街並(フランス・ブルターニュ)
ルーブル美術館・内部
(フランス・パリ)
フラ・アンジェリコ「聖母子像」
(ルーブル美術館所蔵)
ピエロ・デ・ロッピア「聖母子像」
(ルーブル美術館所蔵)

小林亜子(こばやし あこ)

@ 1960年6月生まれ。出身地は大阪府豊中市で、大阪大学文学部のある待兼山キャンパスの近くです。小学生の頃は、阪大の構内の崖に化石堀りや竹の子堀りに行って過ごし、中学生になると阪大のグラウンド脇を通って学校に通い、大学生になっても、帰省の折りには、阪大の図書館にお世話になりと、よくも悪くも「大学」をお庭に育って大学に「幻想」をもってしまったかもしれません。学生時代までは大阪での生活の比重が大きかったのですが、その後、パリへの留学、名古屋での勤務を経て埼玉に赴任したせいか、いまでは大阪弁があまり出なくなってしまいました。

 研究室は教養学部棟の5階です。
 学生相談時間:水曜日14:30〜 16:00

A 研究対象としてきたのは、フランスの近世・近代(アンシアン・レジームからフランス革命を経てナポレオン体制にいたる時期)の社会-文化史です。フランス史研究は、20世紀初頭のアナール派の登場以降、様々なアプローチ方法が発展してきたことによって、その捉え方が大きく変化してきましたが、こうした動きの中で、社会-文化史というのは、絵画や音楽といった芸術のみを扱う狭い意味での文化史ではなく、政治的なことがらや経済的なことがらも含めたきわめて広い意味での文化史をめざす試みです。具体的には、社会の文化伝達の営みが、近代においてどう変容してきたかという問題を、教会・王権、等々によるマクロなレベルでの文化統合の諸装置、諸儀礼から、共同体、家族、学校といったミクロなレベルでの慣行、儀礼にいたるまでを視野にいれて検討してきました。近年は、絶対王政から近代国民国家への転換の過程で成立してきた新しい政治空間、公共領域において、子供、老人、女性、外国人といったマイノリティがどのように統合/排除されたのかを研究しています。
B 西洋史研究法では、西洋史研究の方法として、重要な位置を占めるようになった社会史の方法について、アナール派の提唱した様々な社会史の手法を学ぶこと、またこうした新しい研究方法によって生み出された研究を検討することを通して、参加者が自分の研究テーマに適した研究方法を習得することをめざします。取り上げる予定の研究は、主として、アンシアン・レジームからフランス革命の時期を扱ったものが中心ですが、フランス以外の研究も扱う予定です。
 西洋史演習では、近年提起されている新しい問題領域をとりあげ、検討していきます。取り上げるテーマは、シラバスに記載のとおりですが、出席者の関心に応じて、追加・変更を予定しています。これまでの研究の蓄積について、その成果の再検討を行い、問題点を見つけ出していく、といった研究史の整理にとどまらず、問題の克服のために、どのような新しいアプローチがなされてきたのか、また今後どのような研究方法が可能であるのかといった点を考察していきます。参加者には、それぞれ、自分が関心を持っている問題について、テーマを立てて探究し、まとめ、報告してもらい、レポートや卒業論文を、研究論文として書く技術を身につけ、またそれをプレゼンテーションする能力を獲得してもらうことをめざします。
C 歴史学を学ぶということは、単に、過去についての知識を身につけるということではありません。過去について理解し、探究していくためには、「過去の人々」を理解すること、すなわち、「過去の人々のものの考え方や感じ方」「過去の人々の心性」を理解することからはじめなければなりません。ところが、実は、過去の人々は、「21世紀の日本」に生きている私たちと同じような「考え方」や「感性」や「心性」をもっていたとは限らないのです。たとえば、フランス革命期に公開処刑を見物していた群衆を「野蛮」な人々と断罪してしまうのなら、単なる「時代錯誤」となりかねません。そうではなく、処刑を見物していた人々の「感性」や「心性」を考えてみるということが歴史研究の出発点となるのであり、それは、決闘や暴力行為が禁止・抑圧されていく近代の歴史を捉え直してみることへとつながっていきます。史料の中に見いだした「違和感」「異質さ」こそが、新しい発見をもたらし、歴史を捉え直していく手がかりとなるのです。それゆえ「過去の人々」を理解するためには、まず、現代の世界に生きている自分の「感性」を磨くことが大事ですが、同時に、現代の社会を「歴史的にみる眼」を養うことを目指してもらいたいと思っています。

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市橋秀夫(いちはし ひでお)

@ 1962年6月生まれ。名古屋の零細工業地区のタバコ屋の孫です。中学の途中からは新宿を振り出しに都心暮らし。高校時代は日本史・世界史とも嫌いで、マルクス経済学を勉強しようと大学に入ったのですが……。研究室は、共通研究棟の5階です。
 学生相談時間:月曜日14:40〜16:10
A イギリス社会史研究が専門です。近現代のイギリス社会とイギリス人にひろく関心を持っていますが、とくに第二次大戦後のイギリス社会の変容と連続の問題を、地方都市における労働者階級の余暇経験という観点から研究してきました。現在は、1960年代における道徳や規範意識の変容に関わる研究(性犯罪や中絶や離婚に関する法改革や、徴兵制や死刑や演劇検閲の廃止など)と、20世紀イギリスの市民活動・市民運動の社会史研究に手をつけはじめています。公文書や議会報告書から業界紙や地方スポーツ新聞、回想録や聞き書き記録まで、使える史料は何でも使います。社会学や文学や経営史や経済史など、異分野の研究成果も利用できるものは利用します。それらを使って少しでも「ひとびとの経験」に迫り、そこからイギリス戦後社会の諸問題をあきらかにしたいと考えています。
B 今年の演習は、近現代イギリス社会を対象に、受講者それぞれが関心のあるテーマを選んでもらう作業からはじめます。その後、参考文献と一次史料とをリサーチして報告し、ひとつの事例研究のレポートを作成する作業をおこなうなかから、近現代イギリス社会の特質・変容・持続について検証してみたいと思います。イギリス近現代史研究であれば、東京近辺にはイギリス関連の史料をそれなりに所蔵している図書館が少なからずあり、本人次第ですが、やろうと思えばかなりの深さの研究ができます。
C 犯罪捜査では、手がかりとなる証拠を探し、その証拠にもとづいて立件します。そして真相の解明には、事件に関わった人間への好奇心と、事件の背景への繊細な推理が必要とされます。歴史研究も似たところがあります。史料にもとづいて論じなければなりません。しかし取り上げるテーマについての知的関心と愛情も不可欠です。したがって、歴史研究に必要なものは、なによりも史料を探し、史料と格闘する体力・忍耐力ですが、史料は集めて並べるだけではいけません。自分が生きることや、私たちの生きるこのグロテスクな世界についての強い好奇心に照らされてはじめて、史料はものを言います。

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高久健二
(たかく けんじ)


校洞古墳群(韓国・慶尚南道昌寧郡:三国時代5〜6世紀)
*1992年に韓国に留学して最初に発掘調査した古墳群です。未熟な韓国語を駆使しながらの調査は、ハプニングの連続でしたが、今となっては懐かしい思い出です。3ヶ月間、韓国の研究者や大学生と寝起きを共にしながら行ったこの調査は、その後の留学生活だけでなく、現在の研究においても大きな意味を持っています。私の韓国考古学の原点ともいえる遺跡です。

@ 1967年10月、茨城県下館市生まれ。近くには奈良時代の有名な遺跡である新治廃寺・郡衙跡があり、小学校の頃から遺跡をまわって土器・瓦を拾い集めるのが好きで(今では死語になってしまいましたが、「考古ボーイ」の典型でした)、結局これが本業になってしまいました。研究室は教養学部棟3階の西端です。
 学生相談時間:水曜日18:00〜19:30
A 韓国・朝鮮の考古学を研究対象としています。考古資料の中でもとくに墳墓資料を検討することによって、「墓」や「副葬品」のもつ象徴的意味を明らかにし、当時の社会構造にアプローチすることを目的としています。具体的な資料としては、紀元前2世紀〜紀元後4世紀頃の楽浪郡や韓国南部地域における三韓・三国時代の墳墓を分析対象としています。また、現在、埼玉大学構内遺跡(本村遺跡)出土資料の整理を進めており、これらの資料をもとに埼玉における弥生〜古墳時代の集落・墳墓についても検討したいと考えています。なお、詳しい研究内容については研究室のホームページを参照して下さい。現在、埼玉大学考古学研究会の顧問をしています。会員募集中です。研究会の活動内容については、研究会のホームページを参照してください。
 研究室ホームページ:http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/~takaku/archaeology/index.html
 研究会ホームページ:http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/~takaku/koukoken.html
B 考古学演習では各自の研究発表を行ってもらいます。まず、最初は研究史と問題点の整理から始まります。発表を重ねる過程で徐々にテーマを絞っていき、最終的には卒業論文にまとめ上げていくことを目標とします。また、考古学実習では、考古学で用いる諸技術を習得してもらいます。具体的には土器の復元・実測、図面のレイアウト・トレース、写真撮影などの室内技術と、遺跡測量などの野外技術を教えています。実習では受講生に各種作業をしてもらいますので、汚れてもよい服装をしてきて下さい。これら実習と演習は、考古遺物を資料化し、分析する能力を身に付ける上で不可欠なものですので、考古学で卒業論文を作成しようと考えている学生は必ず受講して下さい。
C 歴史学の研究には、人類史上の新事実を発見するという楽しみがあります。ただし、そこにたどり着くまでの道のりは、膨大な研究史の整理と資料との格闘の連続です。しかし、それまで誰も気付かなかった事実を発見できたときの喜びは例えようがありません。歴史学専攻に在籍している3年の間に是非この喜びを味わって下さい。考古学は実際に資料を見て、手で触って、報告書からではわからない微細な特徴を読みとることによって、はじめて新たな事実が浮かび上がってくる学問です。積極的に外に出て、自分自身で資料を観察するようにしましょう。

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