ドイツ・チューリンゲン州南西部農村の就業構造の変化

山本 充(埼玉大学教養学部)

1.はじめに

 ドイツ統一にともなう旧東西ドイツ国境地域の農業・農村の変化は、北部と南部で異なってあらわれていることが指摘されている。本研究は、伝統的に小規模経営で特徴づけられるチューリンゲン州南西部農村をとりあげ、ドイツ統一前後の就業構造の変化を明らかにすることを目的とする。  分析データは、1993年8月に行われた事例集落における各農家の構成員の就業調査、およびチューリンゲン州農林省などの関係諸機関における収集資料・統計に基づいている。 事例集落であるアイヒャ村は、チューリンゲン州の南西部、バイエルン州との州界に接し、1993年現在、世帯数71戸、人口263人を数える。

2.チューリンゲン州における農工業の変容

 チューリンゲン州では、旧東独の北部地域とは異なり、伝統的な相続制度は均分相続であり、また、レス土壌をもつチューリンゲン盆地を除いては土地条件は劣悪であった。こうした条件のもとで、農業に他部門を組み合わせた小規模経営が農村で卓越してきたといえる。ここでは、ゾンネンベルクの玩具、ズールの銃器、ラオシャのグラスをはじめとする在来工業が古くから成立しており、こうした小規模農家に就業先を提供してきたのである。

3.ドイツ統一前のアイヒャ村の就業構造  

 アイヒャ村においては、ドイツ統一以前にすでに、若年層、壮年層の離農と他産業への就業が進展し、単純労働者としてばかりでなくエンジニアや運転手、事務員などとして、近隣のヒルドブルクハウゼンやマイニンゲン、ズールなどへ、路線バスや工場の送迎バスで通勤する傾向がみられた。  一方、LPGにおいては、機械修理などには若年層が従事していたが、労働者の老齢化が顕著であり、農業が高齢者によって担われていた。農業従事者の高齢化と農家世帯の兼業化の進展という旧西独や他の工業国の農村と類似の変化がすでに生じていたといえる。

4.ドイツ統一後のアイヒャ村の就業構造

 統一後、若年層は、依然として多くが旧東独内で統一前と同一もしくは類似の職業に就き、失業した人々が、バード・ケーニヒスフォーヘンやコーブルクなど近隣の旧西独地域バイエルン州に就業先を求めた。ここでも、かつての彼らの技能が生かされる職業に就く場合が多い。彼らの通勤手段は自家用車となり、送迎バスによるニュルンベルクなどへの遠距離通勤はまれである。  一方、LPGは協同組合組織となり、そこでは、機械修理などの技能をもつ若年層を中心に再雇用された。老齢化したLPG労働者は解雇されたが、年金生活者となることによって、失業率は比較的低く抑えられている。個人農は2戸のみで、1戸が耕地をバイエルン州の農民に貸しているほかはすべて、地元の協同組合に貸し付けている。

5.おわりに

 チューリンゲン州南西部農村では、すでに統一以前に、旧西独のいわゆる小農地域として把握される農村地帯と平行する発展傾向を示していた。また、政治体制が変化したにも関わらず、農業に兼業を組み入れた同地域農村の就業構造には基本的に変化はない。  均分相続制に起因する小規模経営、伝統的な地場産業の展開など旧東独北部とは異なる地域条件がこうした構造を維持させていると考えられる。  以上のように、チューリンゲン州南西部農村は、旧東独の北部地域とは、明瞭に異なる性格をもつ農業地域と把握することができる。チューリンゲン州農村における戦前の就業状況の検討とともに、旧西独において類似の性格をもつ地域との比較も必要であろう。