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一般的留意事項
『社会学評論』への投稿原稿の審査においては,以下の点が「審査のめやす」として考えられている.すなわち,「推論の論理性/資料の扱い方/先行研究・既存学説の理解/独創的な着眼および技法/文章表現/問題提起および結論の明確性/参考文献および参照の適切性」の諸点である.
しかし,同時に,われわれは,社会学の論文の執筆にあたって,より一般的に留意すべき点があると考える.以下の
3点の一般的留意事項がそれである.ただし,以下の
3点の一般的留意事項については,学会誌のスタイルガイドに含めるのが適当かどうか疑問とする意見も提出された.それゆえ,編集委員会としては,『社会学評論』への投稿にあたっては,少なくとも以下のような問題があることに自覚的であってほしいという問題提起の意味で,この「一般的留意事項」を最後に載せることにした.
6.1 わかりやすさ
ASA Style Guideが冒頭に掲げている見出しは,Clarityである.いわく,「あなたの考えをクリアに伝えるためには,あなたはクリアに書かなければならない」.
『社会学評論』への投稿原稿には,前述のとおりの分量の制限がある.紙数の制約を前提とすると,一編の論文のなかであれもこれも論じようとするのではなく,投稿者がほんとうに言いたい論点ひとつを読者に伝えるために論文を書く,という心がまえが必要だろう.もちろん,論文全体の構成を明快なものにすることが肝要である.
また,
ASA Style Guideも強調しているように,論文で議論しようとする主題に,あいまいさや混乱を持ち込んではならない.ASA Style Guideは,"fear" について論じようとしているのならば,そこに "anxiety" や "stress" を混入させてはならない,ということを例示している.要するに,議論にとってキーとなる概念は,明確に定義しておく必要がある.さらに,
ASA Style Guideは,悪文の最たるものとしてTalcott Parsonsの文章を紹介している.わかりやすい文章で論文を書くことが,望ましい.
6.2 バイアス・フリー
ASA Style Guideがつぎに掲げている見出しは,Bias-Free and Gender-Neutral Writingである.つまり,ジェンダー・バイアスのかかった表現や,社会的マイノリティにたいする偏見が含まれた表現は,避けなければならない,ということである.
ASA Style Guideは,言及対象者が男女を含むときは,"he or she," "her or him," "his or hers" を用いなければならない,しかも,"he or she" の語順を適当に入れ替えなければならない,とまで要求している.日本語の論文でも,留意と工夫が必要だと思われる.
日本語の場合にも,ジェンダー・バイアスのかかった用語が多いので,各人が十分に留意されたい.
また,通常の表現のなかでしばしば使われやすいバイアスのかかった用語に,障害にかかわるものが多いので,この点も留意されたい.
さらに,被差別部落や在日韓国・朝鮮人などの社会的マイノリティにたいする表現にもバイアスのかかった用語が多いので,十分に留意されたい.
ただし,史資料や文献からの引用において,差別語・差別的表現の使用を避けられない場合がある.そのようなときには,注で,たとえば,「この引用文中における『特殊部落』の表現は被差別部落にたいする差別表現であるが,資料からの引用なのでそのままとした」などといった断り書きをする必要があろう.
論文の主題が差別問題・人権問題である場合には,議論の展開上,差別語・差別表現を,むしろ頻繁に用いる必要が出てこよう.その場合には,議論の文脈そのものにおいて,差別問題・人権問題を論じているのだということを明確にしておくことが肝要であろう.また,必要に応じて,前述のような注での断り書きをするとよい.
6.3 調査倫理
アメリカなどでは,こんにち,社会学的調査を実施するにさいして,厳しい倫理規定が課せられるようになっている.あらかじめ,所属大学の委員会に研究計画書を提出し,審査に通らなければ,リサーチに着手することが許されない.その研究計画書には,被調査者に調査に協力することへの同意を求める「同意書」(
Consent Form)も含まれている.調査の目的・趣旨を説明したうえで,被調査者のプライヴァシーなどを守ることを約束した「同意書」にあらかじめサインをもらうことが,調査実施の必須の条件とされている.とりわけ,社会的マイノリティや社会的弱者を対象にインタヴュー調査をおこなうときには,このような倫理規定は厳しく要求される.あるいは,被調査者が未成年者である場合には,本人のみならず保護者の同意のサインも不可欠とされている.日本では,社会学的なフィールドワークや実験をおこなうにさいしての倫理規定は,まだ一部の試みにとどまり,ほとんど知られていないのが実情である.また,アメリカなどのように,事前に「同意書」に署名押印を求めるといったやり方は,日本社会ではなじみにくいと思われる.だからといって,日本の社会学者が調査倫理に無頓着であってよい,ということにはならないであろう.
当面は,社会学者ひとりひとりが,自分なりの調査倫理を定めて,みずから守るというのが,ベストであろう.インタヴューなどをおこなうにあたって,事前に調査の目的や意義を調査協力者に説明して納得してもらうといったことは,当然必要とされよう.あるいは,聞き取りをした生活史の詳細なデータなどを論文で使用するさいには,論文の発表に先立ってインフォーマントの了解を得るとか,氏名や地名などを匿名にするかどうかも調査協力者との相談のうえで決める,などの配慮が求められよう.
いずれにせよ,学術雑誌に掲載される論文は,調査対象とした当事者たちに読まれることはない,といった安易な考えに依存してはならない.投稿者自身が熟考して決めた調査倫理にのっとって実施した調査研究の成果を,『社会学評論』に投稿していただきたい.
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