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調査報告
第一章
秩父における観光の問題点


杉村洋平
  1.はじめに
  2.調査の概要
  3.調査の結果
4.聞き取り調査の結果に対する考察
  5.まとめと今後の課題



4 聞き取り調査の結果に対する考察

4−1.問1について

表1.問1の回答一覧

A氏 民宿従業員(女性) 養蚕農家と自然のみ。見所はない。
B氏 市観光振興課職員(男性) 学習体験に力を入れている。魅力の散在が武器
C氏 地場産センター職員(男性) 野菜。特にしゃくし菜。
D氏 商店従業員(味噌屋・女性) 秩父には売りがない。羊山公園の芝桜くらい。
E氏 商店従業員(菓子屋・男性) 長瀞が見所。特産品は織物と石灰。
F氏 商店従業員(蕎麦屋・男性) 蕎麦と地酒。売りは四季折々の景観
G氏 西武秩父駅駅員(男性) 素朴さ

a.「ない」という回答
特色・売り・特産品に関しては、A.氏(民宿従業員)の養蚕農家(Aの民宿は以前養蚕農家を経営)、C氏(物産振興課職員)の野菜、F氏(蕎麦屋従業員)の蕎麦等、各自の立場からの回答を得た。しかし見所や観光地に関しては、A氏、D氏のように「ない」という回答が目立った。この両氏は特に「温泉がない」ことを観光地としての欠点として挙げていた。
 具体的な地名としてはD氏の羊山公園、E氏の長瀞が挙げられるが、それ以外はA氏の自然、F氏の景観、G氏の素朴さなど、抽象的な事物が多かった。
 あえて言えば、上記まとめには明記していないが、羊山公園やその芝桜が観光客を多く呼んでいる、もしくは呼ぼうとしているということは住民の間でも浸透しているようであった。

b.施設と住民の意識
 さらに、もう一つ注目すべき点がある。あくまでも今回の調査協力者に関してであるが、いくつかの重要な観光資源の名が挙げられなかったことである。例えば、秩父夜祭などの行事、秩父神社や秩父ミューズパークなどの施設、さらには札所巡りなどである。
 こうした事物は外部の筆者のような人間にとっては秩父地域の重要な観光資源と考えられるものであるが、今回の調査においては全くといっていいほど挙げられなかった。施設という点で言えば、D氏(駄菓子従業員)が羊山公園の芝桜を挙げたのみである。また、A氏からはいわゆるハコモノ行政という視点からの批判も聞けた。
 ここで唯一名前が挙がった施設である羊山公園に着目してみると、実はD氏の「冬になると観光客はさっぱり来なくなる」ということばからわかるように、重要なのは羊山公園自体ではなく芝桜である。つまり、D氏が挙げたのは施設としての羊山公園ではなく、自然としての芝桜である。芝桜は自然、花、四季というキーワードにも親和性が高いため、今後の観光戦略において秩父地域の住民の意識からみた場合の重点的な観光スポットとしての可能性を感じさせるものである。
 今回の調査結果に従えば、上記のような事物はあくまでも外部の人間にとっての観光資源であり、現地で観光業に携わっている人々にとっては、少なくとも意識上では、その存在を強く意識しているものではない。もちろん、聞き取り調査ですぐに名前を挙げることと実際に経済効果としてその恩恵に携わっているかどうかということは別の問題であるが、意識上での齟齬に着目した本論においては、一つの重要な調査結果と言える。
 


4−2.問2について

表2.問2の回答一覧
A氏 民宿従業員(女性) 無理だろう。
B氏 市観光振興課職員(男性) 危機感をもってやっている。
C氏 地場産センター職員(男性) 駄目だろう。
D氏 商店従業員(味噌屋・女性) 駄目だろう。
E氏 商店従業員(菓子屋・男性) 無理だろう。
F氏 商店従業員(蕎麦屋・男性) 無理だろう。
G氏 西武秩父駅駅員(男性) 厳しいだろう。

 観光振興課職員H、B両氏以外、今回の調査協力者全員が、「秩父は観光がなくなったとしたらやっていけない」との回答をした。B氏も日を改めた聞き取り調査においては、「危機感」ということばを使っていた。行政と市民との間に差があるのか、H氏の個人の考えと市民との間に差があるのか、あるいは表現上の問題であるのか判断が難しい部分ではあるが、少なくとも行政側も戦略的に観光を捉えることの重要だと認識しており、様々な試みを行っている。と同時に、その重要さということに関して、H氏のことばと後日の聞き取り調査でのB氏のことばを考えると、そこには上記のような差が発見される。つまり、一方で下記「その他の話」の項目で見るような「行政側と市民側」という立場の違いに起因する差があるのも確かであるが、もう一方で、「行政側」の中でも観光に関して全く同じ考えを共有している訳ではなく、例えば上記「危機感」の度合いの違いや、他の産業に対する観光産業の位置付けが異なるという、ごく当然の事実を再確認することができた。これは、単純に「行政側と市民側」という図式で考えてしまうと見落としてしまう差異であり、例えば観光に関する施策の問題点の一つの要因になり得る危険性を持つものである。
A、C、D、E各氏は観光地としての秩父地域は西武秩父駅開業以来であると認識しているにも関わらず、秩父に観光は必要不可欠との回答であった。今回の調査協力者全員が観光産業に何らかの形で従事するということを考えれば当然の結果と言える。
ただし、「観光がなくなったとしたら」という仮定は調査者から提出したものであるので、観光業に携わる各氏が日頃どのような「危機感」を持って暮らしているのかまでは明確にできない。


4−3.問3について

表3.問3の回答一覧
A氏 民宿従業員(女性) がんばってはいるが、一貫性がなく、うまくいっていない。
D氏 商店従業員(味噌屋・女性) よくやってくれている。
E氏 商店従業員(菓子屋・男性) がんばってくれている。不満はない。
F氏 商店従業員(蕎麦屋・男性) がんばってくれている。
G氏 西武秩父駅駅員(男性) 不満はない。
 行政という立場にいない調査協力者のうちA氏を除き全員が、行政の取り組みに対して不満を挙げなかった。むしろ市はよくやってくれているという趣旨の発言が多かった。唯一不満を述べたA氏も「がんばってはいる」との譲歩を挟んでおり、その意味では、問2と同様、致命的な市民と行政の乖離や市に対する明らかな不満はほとんど見られないと言ってよい。
 ただし、「市・行政は具体的にどんなことをしてくれているのか」と質問したところ、十分な回答をした調査協力者は一人もおらず、G氏が少し考えて「芝桜のポスターを作ったりとか…」と答えた程度であり、総じて曖昧な返答となった。この事実から、行政の具体的な施策が十分には浸透していないことが指摘できる。
 今回の調査では、初対面の調査協力者に突然調査を申し込んだため、一方では、回答が本当に調査協力者の考えを表しているのかという問題も存在する。つまり、仮に行政に具体的な不満があったとしても、突然の来訪者にそれを打ち明けるかどうかは疑問がある、ということである。しかし、実際の聞き取り調査の場面で観察できたのは、そうした排他的、守秘的な話し方ではなく、曖昧な返答や、適切な返答ができないときの困惑であった。こうした曖昧さや困惑はどこから来ているのだろうか。
 問1において、施設が観光名所として挙げられなかったこととあわせて考えると、調査協力者にとって行政や行政のつくる施設は、観光資源として最重要なものとしては認識されていないと言える。問2で見たように、彼らにとって観光はなくてはならないものである。もし彼らの意識の中で行政の施策が観光客を誘致し観光を成り立たせる最重要な要素と認識されているのであるなら、日ごろからそれらに注目し、調査において少なくとも「具体的な行政の取り組み」にも回答が聞けたことが予測される。反対に、例えば問2で見たように西武秩父線の存在と秩父地域の観光を結びつけており、アクセスの可能性や利便性は彼らにとって重要な要素と見なされていることがわかる。
 このような意識の無さが、行政と観光を結びつけた筆者の設問、特に具体的な行政の施策を聞き出そうとする質問に対する曖昧さや困惑を導いていると思われる。

4−4.問4について

表4.問4の回答一覧

A氏 民宿従業員(女性) 他の観光地のように特色をもっと出すべき。
B氏 市観光振興課職員(男性) 攻めの姿勢が必要。
C氏 地場産センター職員(男性) 現状に満足せずにがんばってゆきたい。
E氏 商店従業員(菓子屋・男性) どんな方向性でいくのかがとても重要になる。
F氏 商店従業員(蕎麦屋・男性) 若いお客さんが増えてくれると嬉しい。
G氏 西武秩父駅駅員(男性) ますます観光が重要になってゆく。

4−5.その他の話

上記の質問にあてはまらない話の中で、特に重要であると思われるのは他の観光地との比較という点である。A、C、D各氏が具体的な地名を挙げて秩父と比較をし、特にD氏は長瀞という地名を挙げた。このことから二つの問題が明らかになる。一つは観光地としての秩父地域のイメージの問題、もう一つは秩父地域の範囲の問題である。

a.イメージの問題
 まず一つめの問題であるが、比較対象とされた地域は甲府、川越、白川郷、箱根、熱海、日光等である。こうした地域は関東近辺であり、しかも比較的観光地としてのイメージが確立している地域であった。これらの地名は、秩父は○○のように売りがない、秩父は○○のようにイメージが確立していない、有名な観光スポットがあるから○○は強い、といった文脈で発せられた。問1と関連して、少なくとも調査協力者が秩父地域という地域を観光地としての売りのない地域、あるいは弱い地域だと認識していることを表している。と同時にそれらは近隣の観光地との比較として調査協力者の意識に具体的にわだかまっているものであり、AやDの口調にはそれらの観光地に対する憧れ、うらやましさといった感情がうかがえた。
 それに対して行政側のH氏やB氏は、秩父には確固としたメインの観光スポットやイメージがないことを認めつつ「魅力の散在が逆に武器になる」「普段着の観光」といった説明をしていたが、そこには乖離と言ってよい意識の差異が認められる。行政と市民を対立的に捉えることには上記の通り疑問が残るが、一方でこの問題については立場の違いが明確に出た結果となっている。

b.範域の問題
 二つめの問題は、秩父地域という範域の問題である。特に顕著なのはD氏が長瀞の地名を秩父との比較で挙げたことである。もちろん、長瀞町は行政区分上秩父市ではなく、その意味では長瀞も上記の甲府や箱根といった地域同様近隣の観光地として理解できる。しかし広い意味では長瀞は秩父地域の域内であるとも言える。例えばE氏は秩父の見所として長瀞を挙げている。また逆に、行政区分上の秩父市の範囲内に関しても、どこまでを秩父と認めるかという問題もある。ヒアリングにおいてH氏は「秩父は中途半端な田舎のため、観光だけに頼っているわけではない」と発言しているが、平成17年4月に合併した旧大滝村等の旧村部(図1)は中途半端な田舎と言えるのだろうか。つまりこの発現の時のH氏の意識にはそうした常識的には田舎ということばが当てはまるような地域は「秩父」の中には入っていなかったと指摘できる。
秩父地域の振興に当たっては、秩父市だけではなく旧村部はもちろん長瀞町など秩父市の近隣、つまり広い意味での秩父地域との連携をもってその地域全体が振興されるのが理想であるが、秩父地域の地域振興と言った時に、その「秩父」という語はどのような範囲を指しているのか、といったことに対して一定の合意がなければ混乱や齟齬をきたす危険を持っていると言える。

図1:平成17年秩父市合併
(ピンクの部分が合併後の新秩父市域)


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